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サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
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馬の言葉を理解できる自分に驚いた少年



 時期外れの新入りで歳も一番若い、しかも二重瞼の優しい顔をする息子は先輩たちから散々に狙われ、馬からも小ばかにされている気がしてならなかった。息子は思春期の夜のナニナニすらする気にはなれなく毎晩泣き続けた。しかし家に帰りたいと思わなかったし「街」に戻りたいとは思えなかった。ぼくはここでどうにかして生きていかなければならないのかもしれない、と思った。だから彼は手始めに身体を鍛え始めた・・・・・・線の細い若い身体にしなやかな筋肉がつきだすと軟弱そうにしけっていたハートにも、なにやら変化は起こり荒く削られていく実感を持った。そうして理不尽な先輩へ言い返す言葉が増えていき、トラブルは徐々に大掛かりなものとなっていった。個別に、時には集団で殴る蹴るの暴行を受け本当に死にそうなときもあった。しかし逆に突っかけてくる相手を本当に殺してしまいそうだった事態も起き始めてくると、細マッチョの反撃で前歯や視力を失った先輩たちの物言いは柔らかくなるか、話しかけてこなくなってからは早かった。彼は捨て身の暴力を振るい、またはとことん振るい続けることでボイラー技士の中での地位を確立した。毎朝馬を追い立てるあの鉄の棒も手に、心に、すっかり馴染んでいた。しかしどうしても角は生えてこなかった。そのことはいつしか施設内でのタブーとされていた。


 白い炎の馬は誰よりも早く彼に目をつけていた。優しい二重瞼と決意を秘めた虹彩に、他の鬼とは違う気配が匂いとして感じ取れていたのだ。二日に一度「火釜」から解放される午前七時のひと時の間に見上げることがあった白っぽい月の匂いに少年の匂いはとても似ている気がしていたのだ。


 お前の生まれはあの月なのか? 


 ある日の午前七時に白い炎の馬は月の匂いがする少年の虹彩へ語り掛けてみた。

 湖畔まで続く脱走防止の電流を流す柵に囲まれた一本道を、仲間とは言いたくない連中と共に、あの鉄の棒で楽しそうに、あるいは面倒くさそうに、しかし必要以上の力を込め、叩いたり突いたりをして馬を湖へ追い立てていた年若いボイラー技士は白い炎に緊張した。

 馬の言葉が理解できる自分に驚いた少年は何も答えられなかった。もちろん誰にも相談することはなかった。

 しかしその日以来、二日に一度だけ灼熱の密室から10分ほどの解放を許されている身体の大きな白い炎の馬は諦めずに語り掛け続けた・・・・・・


 たぶんな、お前の頭には角なんか生えないだろうよ。残念なことだろうが俺には分かるんだ。


 少年は瞳の中で密かにではなく、目元も口角も使い表情としてはっきり笑った。笑ってしまったのだ。

 それを境に二人は二日に一度、瞳を通して言葉を通じ合う関係を築いた。白い炎の馬は少年の愚痴や仲間とは言いたくない連中の誰かを叩きのめしてやった、くだらない自慢話しを瞳の中で微笑みながら完全にスルーしたのだったが、少年は相手の瞳の中にある言葉を真剣に受け止め度々頷いた・・・・・・このような経緯を経てもう片方の黒い炎の馬は少年の目を介し白い炎の馬との交流というか交際を始めたのだった。


 黒い炎の牝馬が産まれ育つ二号機の馬たちも、やはり一日おきの午前七時に10分の解放があった。

今度は少年から馬の瞳に向かって話しかけなければならなかった。相手の黒い炎の馬は無視し続けたが、自分の言葉を理解しているに違いないという、根拠はないが強い実感を持てていたし、次の日に顔を合わす白い炎の馬も、間違いなく理解しているはずだ、と確信的だった。


 あいつは、お前のことを一度も見たことがないくせにたまらなく好きなんだってよ。抱いて、抱いて、抱きまくりたいっていつも言うんだぜ。


 少年は前日に託された白い炎の馬の伝言は伝えず、微弱な電流に調節したあの鉄の棒で黒い炎の馬の尻を優しく突きながらカマをかけてみた。



 ・・・・・・どこかいやらしい電気ショックで尻を撫でるように突いてくる今朝の若いボイラー技士を振り返った・・・・・・

 


 俺の方に首を曲げたあいつの瞳、濡れてたぜ。あいつもお前に気があるぞ。よかったな・・・・・・じゃなけりゃ、この鉄の棒を恋人にしちまうぜ!!


 角の生えない少年の協力を得て決起し、全ての馬と共に「街」へ上り命ある者もない物も完全に焼き尽くす。今更だが思い知らせてやろう、という誘いを託していたはずだった少年の、このコンタクトにはさすがの白い炎の馬も気を失いそうになった。


 お前らが自由になったときは、絶対にヤレますよ。保証します。はい。


 白い炎の馬は生涯一度だけのことだったが、背負っている炎の色が赤みがかり仄かなピンク色になった。当然だろうが白い炎の馬は、しばらく少年のことを無視し始めたが、逆に黒い炎の馬は積極的に語り掛けてくるようになった。少年は「あいつ俺のこと無視しているんだよね」等と答えるしかなく、黒い炎の馬は湖畔までの一本道で気落ちすることもあり、水を飲みながら苛つくこともあり、再び閉じ込められるボイラーの手前で少年を罵倒することもあった。


 少年は初めて、いつかは俺も誰かに恋をしてみたいな、と思った・・・・・・しかし、ひと月もしないうちにうんざりすることとなるのだった。



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