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サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
3/15

繰り返すようだが誰もが安堵した


 気味の悪い白装束の小人が踊るような白い炎を背中に持った仔馬と、ろくでもない謎でしかない黒装束の小人が踊るような黒い炎を持った仔馬は別々の「火釜」の中で同じ日に生まれた。牡の前者は一号機の古いボイラーの中で、後者の牝は新しい二号機だった。

 白い炎と黒い炎は当初目立つものではなかった。彼らは葦毛ですらなく、白い方はただの栗色で黒い方は真っ黒なだけだった。どちらもどの馬が親であるのか、火力発電所で働く鬼たちには分からなかった・・・・・・そうここで働く者たちは既に全員の頭に大なり小なりの角が生えていたのだったし、転職してきてすぐに辞めてしまわず働き続けた者はやがて一人前に角が生えるのだった。

 白い炎の仔馬と黒い炎の仔馬は、転職してきた新人の頭に生えた角がどこから見ても立派なシンボルになったころには逞しく成長していた。どの馬より一回り大きいくらいだった。そしてまた彼らに限らず他の馬にしても全身の筋肉は渓谷のようにくっきりした凹凸を誇り、月の裏側にも似る陰影を認めることが出来た。

 一回り大きいな二頭は別々の「火釜」で燃料となっていたので面識はなかった。湖畔へ追い立てられるときにも顔を合わせる機会はなかったからだ。しかし仲間内や頭に角のある二足歩行の連中が口にする互いの噂を耳にしていたし、自分たちは何か通じ合うだろうなという予感を持っていた。

 発電所で働く鬼たちはやがて二頭の背中を珍しがり、他の馬よりも強く叩いたり突いたり、電流を上げたりした。二頭の馬は誰よりも強く睨み返したものだ。だから余計に目をつけられてしまったのだったが・・・・・・



 湖畔で新たなプラントの建設が始まったころ「街」では動物愛護団体が火の馬を燃料としてボイラーに閉じ込めているのは動物虐待以外のなにものでもない、と声を上げ「街」と火力発電所を相手に裁判を起こした。

 新たな建設を中止し、現在稼働している発電所の燃料を再び石炭に戻し(街の外れにあった崖で新たな石炭が発見されていたのだ)、今すぐ火の馬たちを開放しろ、という訴えだったが、しかしこれにはからくりがあったのはいうまでもない。

 火の馬は他の動物と違って、心を持たない特別な生き物だから、身動きできないほどの密度で灼熱の暗闇に生涯閉じ込めていてもなんら同情を必要としなくていい。少なくとも地中に穴を掘り続ける石炭の採掘作業にかかる経費と、人命というよりは作業員による反乱等のリスクに比べれば、問題がないどころか、理にかなっているよね! という司法の判断が誰にとっても必要だったのだ。電気を使う全ての者は料金が安ければ安いだけありがたかったし、訴えを起こした原告は犬と猫以外の生き物であるのなら、石ころだったり泥水だったり、まぁよくて木くらいにしか思えていなかった。犬は人間のすぐ傍で喜んだり笑ったりをし、猫は甘えてくる。それはむしろ薄情な人間よりも心があり愛がある証拠なのだ。火の馬はどうだ? 奴らは怒りすら持っていない生き物だぞ。古い時代の連中は違った解釈をしていたようだが、実際はなんていうか、電気を持っていなかったからに過ぎない。当時の連中も電気を持っていたのなら、そしてそれが安く安定して使えるとしたら現在の我々と同じように思ったはず。動物が持つ愛と怒りは、人間が欲する電力の都合に左右されてしかるべきなのだ、と。

 誰が在室していようがいまいと事務所の電気など消したことのない、節電という概念さえない動物愛護団体は快諾した。

 「君たちの為に犬と猫に関する新たな法整備を始めるので、形だけでも騒いでくれまいか? 」と「街」から持ち掛けられたのだった。

 裁判が始まると、今度は小学校の子供たちが電気を使わない、とか言い出し教育現場は混乱した。いち早く角を生やしていた「街」の教師どもはジェスチーとして困惑した。


 判決は下り原告側の敗訴となった。

 火の馬に心があり、愛や怒りを有しているとの決定的な証拠は動物科学から証明することは困難である。喜ぶこともなく甘えることもないのであれば、それはたとえば焚火にくべる薪に対しても我々は同情しなければならなくなる。以上を持って被告「街」と火力発電所は無罪と言わざるを得ない。すなわち稼働中の一号機を止め「馬」を開放することも、二号機の建設を中止すべき理由も存在しない。

 

 動物愛護団体は控訴せず、また控訴せよ、との世論もなかった。誰もが心置きなく、これからも電気を無駄遣いしてかまわないんだな、と安堵したからだ。なんせ「街」の全ての住民は初めから分かっていたし確信すら持っていた。 


 おいおい裁判長殿!! 火の馬に心がないわけないだろ?

 

 しかしそんなことを口にして、電気を安く使いたい「街」の人間を相手に闘う意思を示す者はいなかった。

 いずれにしろ形ばかりのアクションが白々しいジャッジを得た故、共通認識の偽りはただの誤解とする公の解釈を誰もに与え、誰もの心の問題を解決させた。判決を出した判事ですら鏡に映る自分の顔を覗き込めば納得などしていなかったのだが、繰り返すようだが誰もが安堵した。そして「街」は「鬼の街」と化していったのだった・・・・・・


 「鬼の街」に人知れぬ異端者が現れたのは(鬼になる前の)大人たちの差し金で茶番を演じさせられ、年齢を問わず人としての心にケリをつけるべく馬がどうした電気がこうした等と一役買わされひと騒ぎした、そんな世代の子供たちが思春期に差し掛かってからだった。十六歳になった彼らは眠れないほどの恋愛は何よりも無駄なエネルギー消費である、と言い切ってしまう人類史に残る新たな思春期を始めていた。

 ・・・・・・どうにも角の生えない一人の男の子がいた。彼は角を生やし始めた親と共に暮らす「街」が全ての世界である、この世界から取り残されてしまっていたわけだ。


 貧しい上に身体も気持ちも弱い、そんな友達をよってたかって攻撃しないばかりか、電気よりも馬ごときに心砕いているようにさえ見えることもある、部屋に籠る息子を心配した親は、二号機の稼働に伴う求人がとっくの昔に終わっていた湖畔に、新たな欠員が出たわけでもなく、しかしそこは上流階級同士の特別な伝手を頼りどうしょうもない長男を放り込んだ。あそこで働けばどんな人間でも変われるはずだ!! 立派な人でなしか、心無い鬼のような奴にならなければ鬼畜だらけの世の中で幸せな人生を送ることは不可能なんだぞ、我が息子よ!!

 立派な角が生えてくるまで帰って来るな、と別れ際の父親は言い、さすがに母親は鬼の目に涙を一粒だけ流した。




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