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サンソンくん fire horse 編  作者: ハクノチチ
2/15

電気は空気よりも安いからな

 


 当時の二足歩行者は遠く離れた「街」へ安定した電力を供給するために、ねじ曲がった魂ほど恐ろしく深い森の地中から石炭を掘り出していたのだったが、目算は儚く破れ、どれほど深く掘っても燃える石ころはどうやら底をついてしまった。しかし発展を止めようとしない、あるいは止め方を知らなかった遠くの「街」は発電のための燃料を求めた。誰かが誰かを恫喝し要求したのだ。それならお前のあの札束を燃やして電気を作れ、と言い返せなかった誰かはその場しのぎで森の樹に手をつけた。原始から続く緑豊かな大地の呼吸器が止まるのは時間の問題でしかなく、むしろ時間は予想以上に早かった。恫喝された誰かは、恫喝した誰かを燃料としてくべるべきだったし、少なくとも自ら燃えてしまった方が良かったのかもしれない。つまり結果としては。「街」そのものからせっつかれた次の一手の為に誰かはもちろんとても悩んだはずで、うまく眠れないまま自分の頭もすっかり禿げ上がってしまったことだろう。どこかカラフルな不眠に目は窪み、脂性だった頭皮までもが乾き、何もかもがのしかかる四十肩か五十肩辺りの両肩に吹雪のようなフケが嫌ってほど降り積もるとついには決断した。


 ・・・・・・まだ電気を持たなかったことで細やかな暮らし以外の暮らしが存在していなかった時代は朝の明るさと夜には星の明るさがあった。しかしたとえば煮炊き等に必要な火に関して言えば不自由を知らなかった。犬や猫よりも温厚とされる火の馬が各家庭の種火となっていたのだ。水を与えるだけでいつでも好きな時に火は簡単に手に入ったわけだ。ちょいと口笛を吹くだけで炎を背負った馬は、喜び駆け寄るわけではなかったが、庭先から耳を傾けやってきた。よほど勇気があるか、火傷を忘れる純粋な大バカでなければ撫でてやることができないのでバケツに水を張り礼をした。大概は一口だけ口を付けて後は残す方が多かった。人々は火を分けてくれる感謝を示し、馬はそれに対する礼をわきまえていたのだ。互いに目を覗き込めばはっきりとそのことを理解し合えた。それが今や火の馬を発電燃料とする道を選んだのだ。決断したその誰かは最初の鬼になったと言われている・・・・・・


 脂の乾いた頭皮に乳歯のような小さな角が生えた最初の鬼は、子供のころから人並みに葛藤することもあった心の、何か大切な重荷というか、辛い時にこそ自分の心の所在を確かめられた手応えのような感覚が薄れているのを感じた。だからこそ馬の目を覗かず試しに放り込んでみることができたのかもしれない。

 火の馬は驚くくらい優れた燃料であることが判明した。放り込んだ「火釜」からときどき追い出して湖の冷たい水を飲ませてやり、再びとんでもなく高温の余熱が残る暗闇へ追い立てるとき130万ボルトの鉄の棒で叩くとか、突くかをすれば強力な火力は保たれ寿命だって百年もある。しかも彼らは閉じ込められた「火釜」の中で勝手に仔馬を産むことさえあった。そんなわけで燃料は尽きることがなく、だから逆に「街」の発展が追いつかないことすらあった。供給が需要を上回り電力が余ると使用料金は下がった。夏場は寒くて震えるほど部屋を冷やし、冬は寝苦しい夏の熱帯夜のごとく暖めた。「街」の人々は言ったものだ。「電気は空気よりも安いからな」



 愛と怒りを持っていることを証明すべく、二頭の若い火の馬は四十七の仲間の馬を引き連れ「街」に向かって行進した(行軍と呼ぶもの者もいる)。すっかり禿げ上がっていて燃える物のない森の中を丸一日、時間をかけてゆっくりと歩き数十センチほどだったが土の中まで焼き尽くした。火の馬の群れは、生まれてからこの方、歩き慣れていない足を慣らしたのだろう。そして夜明け前の数時間に最初で最後の休息を取り、積年の怒りを送電してきた高圧線の先を目がけ北上した。



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