いい声で
俺の住むアパートの右隣の部屋には、カップルが住んでいる。
フリーターなのか会社員なのかはわからないが、マンションではなくアパートに住んでいることから、二人とも金持ちではないことは確実だ。
アパートの家賃は安い。そのせいか壁も薄く、毎晩隣からあの声が響いてくる。
初めてあの声を聞いた時は、壁を叩いて聞こえていることを気付かせてやろうと思った。
しかし童貞の俺にとって、その声はとても刺激的だった。オカズにも使えそうだったので、放置することにした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁああ!」
ある日の夜、一際大きい女の声が聞こえた。
いつもは歓喜の伴う艶かしい甲高い声なのだが、その日の声は苦痛に満ちていた。
流石に度を越していた。悲鳴は俺の部屋を突き抜けて、周囲一帯の住人にも聞こえるレベル。
そんなのが一晩中響くもんだから、俺は一睡もできなかった。
次の日、外に出掛けようとしたところ、偶然にも隣の部屋のドアも同時に開いた。
「昨日はお楽しみのようでしたね。こっちにも聞こえてきましたよ」
部屋から出てきた男に嫌みを言う。こちとら寝ることができなかったのだから、これくらいは許してほしい。
「ええ、あいつがいい声で鳴くもんだから、俺も興奮しちゃって」
男は気にせず、いけいけしゃあしゃあと昨日のプレイの感想を述べる。
正直気持ち悪いとは思ったが、急ぎの用事があったため、それ以上の会話はしなかった。
「!?」
用事が終わり、アパートへ帰ると、赤いランプの付いたパトカーが駐車場に5、6台停まっていた。
何人かの警官が俺の部屋の前をうろちょろしている。
ただ事ではないと思い、俺は何があったのか警官に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「ここに住んでる方ですか?」
「はい、そうです」
「実は殺人事件があったようなんです。このアパートに住む男が交番に彼女を殺したと出頭してきまして……」
あ。
じゃあ、あの声は……。
俺は昨日の声の正体を知り、背筋が寒くなるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。