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5.二日目

目が覚める。

とても陰鬱な朝だ。

すっきりとしない頭でいろいろなことを考えた。


「みくるん」こと久瑠美 繰はASMR配信者である。


ほぼ毎日決まった時間に配信開始ボタンをクリックし2~3時間にわたりASMRや雑談の配信をしていた。


リスナーはそんな私の配信を楽しみにしてくれていた。リアルタイムで視聴してくれる人、アーカイブで何度も聞いてくれる人、私の製作した音声作品を購入してくれる人。


いろいろな形で「みくるん」というコンテンツを楽しんでくれていた。


だから私は彼らにとても感謝していたし誠意をもって接することに努めていた。

それは配信や動画のクオリティを上げることはもちろん、配信外での活動も然りだ。


配信のアーカイブや動画についたコメントへの返信、SNS上でのリプライ。そういったファンサービスは就寝前と起床時にいわばルーティーンのように行っていた。


だが昨晩はそれができなかった。


おそらく今日も明日もできないだろう。

それどころか毎日の配信もできない。


配信を休む時には必ずSNSで告知をしリスナーの心が離れていかないように気を付けた。

それも誠意の一つだと思う。

だが今日はそれができないのだ。

きっと私がコツコツと増やしていったフォロワーはこれからどんどん減っていくのだろう。


どうして・・・。


どうしてこんなことになったのだろうか。


私にも理解のできないことだが、昨晩配信後になぜか知らない場所に飛ばされていて、わけのわからないことをたくさん聞かされ、自由に家に帰してもらうことは叶わないと言うのだ。


私が何をしたというのだろう。

決してあくどい商売をしていたわけではない。

確かに配信者はリスナーからの投げ銭であったり動画サイトの広告費であったり他人から支えられて生きている。


中にはよくないことをして稼いでいる配信者や投稿者もいるだろう。だが私は決して不健全なことはせず真っ当に配信者として生きてきた。

親にも誇れる職業だし、いつか子供ができたら自慢もできると思っていた。


そんな私なのに何が悲しくてこんな場所で一人きりで生きていかなければならないのか。


正確に言えば一人ではないのかもしれない。でもこんな自分のこともまともに話してくれない得体のしれないモノをそばに置いておくのもそれはそれで怖い。


これからの指針はおおむね決まった。でもそれもうまくいくかわからない。

正直不安で心が押しつぶれそうだった。

昨晩決めた計画はどのくらいの日数で達成できるのか。

早急に家に帰れたとしても私を待ってくれているリスナーはいるのか。

そもそも『魅了』なんてもの本当にがあるのか。

この世界で、生きていけるのだろうか。


いてもたってもいられなくなった私は

部屋をでようと思い立った。


部屋を開けるとそこに昨晩の受付嬢が立っていた。


「わ、びっくりした。な、なにか用ですか?」


わたしが驚いていると嬢は申し訳なさそうに何か呟きお辞儀をした。


「あ、そっか、言葉わかんないんだった。」


困っていると嬢は紙袋を私に渡してきた。


「え、これは・・・。」


「・ーーーーーーー・ー。」


「え・・あ・・・ありがとう、ございます?」


よくわからないまま私はそれを受け取りいったん部屋に戻ることにした。


そしてベッドの上で紙袋の中身を開く。

そこには服と靴と手紙と何かの金属が入っていた。


「お、気が利くねぇ。」


右耳のほう、細かく言うと右肩のほうから声がする。


「いつのまにそこにいたんですか。」


「君が部屋から出ていきそうだったからその時にこっそりね。」


「そうならその時声かけてください。」


「いやぁ、なんだか思い詰めていたから。」


「そりゃ、こんな嘘みたいな現実、朝が来て夢じゃないって思い知らされたら誰でも思いつめますよ。」


「そういうもんかなぁ。」


私は持っていた袋へ向き直る。


「これ、くれるってことですかね。」


「そうだと思うよ?その手紙みせて。」


私は自分の目元より少し右の位置に手紙を持ってきた。

話し言葉がわからないのだから、文字にされてもわからない。


「えーっと、『昨晩はとても刺激的な夜を経験させてもらってありがとうございます。これはそのお礼です。見たところ外を歩くにはあまり向いていなさそうな恰好でしたので差し出がましいようですが、こちらの服と靴、あと路銀を少々入れさせていただきました。もしご不要ということであれば売却していただいて結構です。服も靴もレアな魔物の素材から

製作しているそうで売ればそこそこのお値段になるそうです。あなたの旅に幸運のあらんことを。』だってさ。」


「ちょ、ちょっと待って!一つずつ整理させて?」


「昨日寝る前にさんざんしたはずだけど?」


「情報量が多すぎるんです!!え、まずあなたここの言葉わかるんです???」


「え、昨日言ったと思うけど。」


「いってな・・・」


いや、そういえば昨日

言葉を変換して届けるとかなんとか言ってた気がする・・・。

それはつまり相手の言葉を変換して私に伝えること、そして『泊めて?』という私の言葉に返答したということはその逆も然り。

そしてさらに文字すらも私に伝えることができる。

ということだろう。


「とりあえず、わかりました。えっと次、し、刺激的な夜って私ただ囁いただけですよね・・・?」


「そうだね、僕を通じてだけど。」


「もしかしてなにかしました?」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。ただ、僕は最高級のダミーヘッドマイクだよ?その辺のマイクで撮るのとはわけが違うと思うけどね。」


「え、それは音質的な話です?」


「似たようなものさ。いかなる人間もわずかながらに魔法に対する障壁はあるんだけど、僕は性能が良すぎるからね、そのわずかな障壁くらいじゃ君の『魅了』の魔力はほぼ無抵抗に貫通する。」


えっとつまりどういうことだろう。


「君、元の世界では魔力なんてなかっただろう?まぁ、多少はあったと思うけど人気配信者なんだし。でもこの世界にきてその魔力は増大した。そしてその増大した魔力は僕を通じてさらに増幅し、洗練され、相手に直接届く。特に魔力に対して免疫のない人間にとってはさぞ刺激的だったろうね。」


私は彼女の昨晩の表情を思い出す。

恍惚としていて色めかしいくて艶っぽいあの表情を。


たしかに初めてASMRを耳にしたときは衝撃的だった。

本当に電流が体を流れているかと錯覚したレベルだ。

だが、あそこまでの表情はたしかに・・・・。


「そ、それって人体に影響はないんですか・・・?」


「どうだろうね。人体にはなくても人生にはありそうだ。」


彼は笑いながら答える。


ま、まぁ私のリスナーにもあなたの配信でASMRを知りました、人生変わりましたって人いたし・・・似たようなものかな・・・。

つまりこの世界で最初のリスナーというわけだ。そう考えばさっき貰ったこれもファンからのプレゼントだと思える。


「スーパーチャット・・・。」


「まさかこんなにくれるとはね。例えるなら初見配信で赤スパくれたみたいなものだよ。」


「え?これってそんなに高価なんです?」


「路銀自体はまぁそこそこだけど、その服と靴はとっても貴重だよ。」


「そうなんだ・・・。」


私はふと、初めてスパチャをもらったときのことを思い出す。あの時は私なんかにお金を払ってもらってってとても申し訳ない気持ちになったな。でもとっても嬉しかった。

最近はその金額に見合う、むしろお値段以上の満足感を与えてあげたいって思うようになった。

この世界でも同じなのかもしれない。


私は、私にできることを精一杯やって、それを評価、支援してくれる人に精一杯報いる。


そう考えると少しだけがんばれそうだ。

また聴きたい、応援したいって思ってもらえるような存在に


この世界でもなりたい。


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