4.現状整理
「いったん整理させてください。」
部屋に入るやいなや繰はダミヘを方からおろし、ベッドへと置いた。
するとダミヘは一瞬で元通りの大きさへと戻った。
「そうだね。それがいい。」
以前表情は変わらないためますますこのダミヘが何を考えているのかわからない。
「えっと・・・まずは今後の方針から。」
「うん。」
「目標はおうちに帰ること。そのために必要なのはこの世界の神様をみつけて・・・その・・・み、耳かきをすること。」
「そうだね。」
「でも神様のいるところは魔物がいてとても危険。」
「そのとおり。」
「で、私はどうしたらいいんですか?」
「これはアドバイスなんだけど。」
「なんですか?」
「冒険者になろう。」
「冒険者・・・ですか?」
「そう。冒険者。」
それは、旅をして魔物を狩ったり依頼をこなしてお金を稼ぐ異世界の定番の職業・・・だっただろうか。
「どうして冒険者なんですか?戦えないのに。」
「戦えないから冒険者になるんだよ。パーティを組むんだ。」
「なるほど・・・。」
つまり魔物と戦えない彼女と一緒に神様のところまで同行してくれる仲間を募ればいいのだ。
だがしかしそれには問題がある。
「でも、こんな私を仲間にしてくれる人なんているんでしょうか・・・。」
「僕を使うといい。」
彼女は先ほどのことを思い出す。
ダミヘに向かって囁いただけでまるで催眠にかかったかのような表情の受付嬢を。
「もしかして・・・私の能力って『催眠術』とかですか?」
「惜しいね。まぁそういって差し支えないよ。君、というか僕らの能力の一つは『魅了』さ。」
「魅了・・・。」
なんだか怪しい響きだ。
「催眠とどう違うんです?」
「うーん。ほどんど一緒なんだけどね・・・。催眠は暗示をかけてそう思い込ませる力みたいな感じなんだけど、魅了は相手を虜にしてもっと強く人の心に、脳に働きかけるんだ。」
「うーん、いまいち理解が・・・。つまり私の囁きを聞いた人は私のことを好きになるってことですか?」
「半分正解。さて、僕は囁き声を吹き込むためだけに存在しているのかな?」
「あ・・・ASMR・・・?」
「そう。この世界は魔術や呪術なんかも跋扈している世界だからね。ちょっと訓練をつんでいる人間には囁いただけじゃレジストされてしまう。」
「より強い人を『魅了』するにはより洗練されたASMRを聴かせる必要があるってこと・・・?」
「その通り。」
要は彼女が元の世界でやってきたことをそのままこの世界でも行えばいい。それだけの話だった。
「わかりました。では、冒険者になるにはどうしたら?」
「ここから北に丸一日ほど歩いた先にこの国の都がある。そこに大きい冒険者ギルドがあるからそこで冒険者になりつつ仲間をみつけよう。」
「北に丸一日・・・そうなるとガイドと護衛が必要になるってことでしょうか。」
「だんだん飲み込みが早くなってきたね。その通りだよ、僕を使って道案内できそうな、そうだな・・・商人とか。それならきっと腕利きの冒険者を護衛につけてるだろう。」
「わかりました。」
ひとまず今後の方針が決まった。
明日は都に連れて行ってくれそうな商人の捜索、そして『魅了』の力を試行。あとはASMRに使えそうなアイテムの調達やこの世界の情勢、地理なんかも把握できそうならしておきたいところだ。
正直、いままでずっと引きこもって配信ばかりをしていた繰にとってかなりの重労働だが、一刻も早く帰るためだ我儘はいってられない。
「じゃあ次は、あなたにできることを教えてください。」
「え?」
「え?じゃなく、ここに来るまでにもすでに私に話してなかったことたくさんありましたよね?」
「あぁ。ごめんごめん、てっきり話したものだとばかり。」
表情がほとんどわからないため判断が難しいのだが、おそらく嘘だ。意図的に隠してたと繰は直感でそう思った。
(私の反応見て楽しむため・・・?にしても何のために)
「いやぁほんとそんなつもりはなかったんだ。ごめんよ。」
「・・・・。さっきもそうですけど私声にだしてませんよね?」
「だしてないね。」
「なんで伝わっちゃってるんですか?」
「まぁまぁ伝わってまずいこともないだろう?パートナーなんだし。」
「いやです!乙女の考えを盗み見るなんて、最低です!それにあなたは私の考えがわかるのに私はあなたの考えてること全くわかんないの不公平すぎます!」
「わかったわかった。不要不急のとき以外は心をのぞくのはやめておくよ。それに君はこれまで君の知らないことをたくさん僕から聞いてきただろう?それでおあいこってことで、ね?」
なんだかとても言いくるめられている気もするが・・・このダミヘがいないとおそらく本当にただの一般人になってしまう。知識も言語もない、むしろ一般人以下だ。
おそらく先ほどの心を盗み見ないという宣言もおそらく嘘なのだろう。しかし、大変受け入れがたいが現状、このダミヘに頼るほか繰に選択肢はなかったのだ。
「約束・・・ですよ?勝手にみたら水ぶっかけますからね。」
「おいおい。壊れたらどうするつもりだい?。」
彼は笑って答える。
あいかわらず口元だけがにやりとした胡散臭い笑みで
「えーっと、まずあなたは『魅了』の力が使える。」
「これは僕のっていうより僕らの力だけどね」
「ってことは他の人が使っても『魅了』はされない?」
「うん、というかさっきもいったけど他の人には見えないし。」
「それも聞いてないです。声はなんか出してるようにみえて実はだしてないっていってたけど。」
「ありゃ。惜しいね。」
なにが惜しいというのか。
報連相という意識が完璧に欠如してしまっている。
社会にでたら失敗するタイプだ。
かくいう繰も社会にでたことはないのだが。
「じゃあ。あなたができるのは大きさを変えられるのと、私の脳?に直接話ができるのと、なぜか私にだけ見えるのと、あと・・・アドバイス?」
「いいね。大体そんな感じだよ。」
「他に隠してることは?」
「隠してることだなんて人聞きの悪い。」
悪びれもなくそういう彼だが、もうこの時点で何度報告ミスがあったと思うのだろうか。
そのため彼の言動を思い出してみる。
なにか・・・報告漏れはないだろうか・・・・。
「あ、そういえばさっき、『魅了』の説明をしてるとき、『魅了』は能力の一つだって言ってませんでした?」
「え?そんなこと言ったっけ?」
「絶対いいました。隠してないで早くいってください。」
「言ってないとおもうけどな~。勘違いじゃない?」
「この期に及んでまだとぼけるんですね・・・?」
「あぁ・・・僕が忘れちゃってるだけかもー・・・。思い出したら教えるね?」
「じーーーーーーー。」
「ほんとほんと!なんのことだか今はわかんないからまた思い出したら教えるよ!」
「あなたは、私の帰るための生命線なんですから、ほんとしっかりしてください!」
「き、気を付けるよ。」
繰は思わず怒鳴ってしまった。
この宿はさほど壁が厚くもなさそうなので、他の客がいたらそろそろ怒られそうだ。
「疲れたのでそろそろ寝ます。明日からちゃんとしてくださいね。」
「善処するよ・・・。」
そうして彼女は不貞腐れるようにして異世界生活一日目を終えたのであった。