1.配信スタート
パツッ!パツツ!
───うるさい・・・
彼女の脳内にノイズのような音が響いた。
パツツツツ!!パツ!パツ!
───も~うるさい・・・!
ASMR配信を行う彼女にとって最も忌むべき音ともいえるノイズがなり続けている。
それはマイクを抜き差しした時のようなとても不快な音であった。
パツ!パツツツツツttttttt───!!!
「うるっさーーーーい!!なんでこんなノイズなってるの!?オーディオインターフェース壊れた!?」
ひときわ大きい音に彼女は目を覚ます
「ってここどこ・・・・。」
あたりを見渡すが明らかに外にいた。
しかし外は暗くどこにいるか検討もつかない。
じっと目を凝らしてみる。おぼろげながら木のようなものが見えることからどこかの山、あるいは森にいるようだ。
「ゆ、誘拐・・・?」
いのいちばんにそのようなことが思いつく。
だがにしては彼女の体は自由だし周りに人の気配も感じない。
「と、とりあえずひと気のある所に移動しなきゃ。」
そうしてまず彼女は自身の状況を把握しつつ移動をすることにした。
部屋着で財布も携帯も持っていない。靴も履いていないため足を怪我しないか心配だ。
唯一もっているものとすれば・・・
「なんでこれがここにあるの・・・。」
彼女が普段配信で愛用しているダミーヘッドマイクのみであった。彼女はそれを拾い上げそしてここに来る前のことを思い出していた。
暗転した部屋に突如ブラックホールかの如く勢いで彼女を吸い込んだモニター。とっさにつかんだものはこのダミーヘッドマイクであった。
それをみた彼女は先刻の事を思い出し、ある仮説を立てる
「もしかして誰かにここに連れてこられたとかじゃなく、ここに”飛ばされた”?」
”テレポーテーション”
妄想じみてはいるがそもそもモニターの中に入ること自体がありえない。現に知らない場所にいて、持っていたダミヘのみがここにある。
夢でもみているんじゃないかとも思うが、肌寒い感覚と素足が地面を踏んでいる感覚がそして手にもつダミヘの重みが嫌というほど鮮明に感じ取れる。
夢でもない、おそらく生きている、残るはどこか違う場所に飛ばされた、という説に至った。あるいはここはモニターのなかの世界、はたまた・・・
「まさか、本当に異世界に転移したなんてことないよね・・・。」
冗談っぽく今の状況について楽観的に唱えてみる。
どこか別の場所にワープするなんてことは本当にありえない。だが100歩ゆずってそんなことが起こりえたのだとしてもそれが別の世界だなんてアニメでもないし・・・。
「ご名答!」
そんな彼女の考えを打ち消すような一言が聞こえる
「ひぃっ!」
彼女は声のしたほうをみる。”それ”は明らかに自身の手元のものから聞こえた。
「おどろかせてしまったかい?」
「しゃ、、しゃべ・・・」
彼女は言葉を失った。
自身のアーカイブを見ていたらわけわからないリンクをクリックしてしまい、いきなり部屋が暗転、モニターの中に引きずりこまれたと思ったら気づけば見知らぬ土地にいる。
しかもなぜか手に持っていたダミーヘッドマイクがしゃべりだしここが異世界だといっている。
ありえないことしか起きていなくてもう頭が真っ白だ。
「おどろかせてしまったかな。ごめんね。」
普段動かないはずのダミーヘッドマイクが口元だけ不自然に動いていて気味が悪い。
「な、なにが起きて・・・るんですか・・・。」
混乱した頭で頑張って言葉を紡ぎ出す。
「うーん、なにから説明したものか。君、神って信じるかい?」
「神・・・って神様?」
「そうそう!それそれ!この世界に君を呼んだのはこの世界の神様さ。異世界召喚ってやつ。そういうのの知識はあるかい?」
「アニメの話ですか。」
「んーーーー。大体そんな感じかな。アニメやラノベってさ、転生や召喚されるとき何か特別な能力を得て~って定番じゃん?それが僕。」
なんか、とてもメタメタしい発言だ。
どういう理屈でここへ連れてこられた引き換えにダミヘがしゃべるようになるのか。
「全然意味がわからないんですけど・・・。そもそも私そういうジャンルのアニメそんなに知らないし。」
「ありゃそうだったんだ。まぁ、僕は君を手助けするパートナーさ。デ〇モンみたいな感じ。」
「うーん。あんまり要領はえないですけど、あなたは私の味方ってことでいいんですか?」
「味方も何もパートナーだからほぼ家族みたいなものさ!」
確かにこのマイクのおかげで配信の質はとても好評で一緒に苦楽を共にしてきた相棒ではあるが、あまりにもうさんくさすぎる。そもそもこのダミヘ本当に私のダミヘなのだろうか・・・。
彼女はダミヘの右耳の後ろを見る。
うっすらと傷のようなものがみえる。これはかつて彼女が配信中に誤ってつけてしまった傷だ。
私のダミヘであることには間違いない・・・
「とりあえずいったん信じます。手助けって言ってたけどあなた具体的になにができるんですか?」
すると彼(?)は口元だけをにやりとさせて答える。
「僕ができることは主に二つ。君が知りたい情報の提示。あとはダミーヘッドマイク本来の役割さ。」
「本来の役割?」
「君はいままで僕を一体どうやってあつかってきたんだい?」
彼女は配信上でダミヘに対して様々なことをしてきた。マッサージやタッピング、囁いたり耳かきもした。
「ASMR・・・?」
「そう!僕はそのために作られたものだからね!」
ばかにしているのだろうか。そもそも異世界に配信環境はあるのだろうか。というかなぜ私はここに連れてこられたのだろう。異世界でASMR配信をするため?そんなの嫌に決まっている。
「こんな知らない土地で配信なんてできません!なんで私異世界に連れてこられたんですか?どうしたら返してくれますか?」
「うーん。別に配信をしてほしいわけじゃないんだけどね。君は神様に呼ばれてここにきた。神様の望みを叶えれば元の世界に帰れると思うよ。」
「神様の望みって・・・?」
「大人気ASMR配信者の君に実際に耳かきをしてもらうことさ!」
「はい?????????」
私達の世界の神様がどんな人だったのかわからないが、少なくともこの世界の神様は意味不明すぎることは理解できた。