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9 剣姫の思惑

「おお、起きたかのぉ?」

「え、あ、はい」

 

 頬を叩かれた感触を持ちつつ意識が覚醒する。

 すると、福幸に馬乗りする絶世の美女すなわち剣姫の姿が見えた。

 

「どうせ、飯なんぞ食っておらんのじゃろう? さっき狩ったヤツでスープを作ったのじゃが、食うか?」

 

 そう言って、緑色の液体が入った鍋を指差す。

 たしかに、森を歩き回りご飯を食べていなかったことでかなり空腹ではあるが……

 

「ちょ、ちょっと遠慮しても?」

「安心せい。普通に美味じゃ」

「見た目明らかに劇物ですよね?」

「味はまともじゃ」

「いやいや、」

「味は、まともじゃ」

 

 ものすごい圧が発せられる。

 冷や汗が流れる。

 目の前にある緑色の鍋。

 所々に、黒色の殻のようなものが浮かんでいる。

 

「け、剣姫さんちょっと食べてくれません……か?」

「我のもてなしを素直に受けれぬのか?」

 

 |(受けれねぇよ!! )

 

 心のなかで叫ぶ福幸。

 恐る恐る手を伸ばす。

 目の前に用意されているお椀に内容物を注ぎこむ。

 

「い、いただきます……」

 

 そして、お椀を口元へと運び……食べた。

 

 |(あれ? うま……い? )

 

 暴力的なまでの見た目の悪さに反して味は絶品。

 昨夜食べたシチューの何倍も美味しいと感じるレベルの味。

 見た目に目を瞑ればかなりのものと言えるだろう。

 

 ────スキル能力向上・・・承認。

     個体名︙福幸那人 に付与されているスキル︙悪食 の能力を向上しました。

     これにより、特異スキル︙食欲 を獲得しました────

 

 |(えっ、ちょっ、まさか……、スキルに食べ物認定されていないって意味じゃ無い……よな? )

 

 思わず、聞こえたアナウンスの意味を探る福幸。

 そして、その推測は当たっていた。

 

「ほう、食欲を手に入れたみたいじゃのぉ。やはり、取得条件は見た目と味に大きく差がある未調理の食品を食べるということじゃったか。」

「わかってたのかよ!! そして、わざとかよ!!」

 

 福幸は叫ぶ。

 当然だ。

 見た目はグロとしか言えないものを食べさせられたのだ。

 誰だって叫びたくもなる。

 

「ほれほれ、食べるが良いぞ? あの蜘蛛は意外とうまいからのぉ。我も最初は殺したくなるほど嫌がっておったがなれると普通に美味しく感じるぞぃ?」

「ちょっと待て!! あの蜘蛛って……まさか……」

「お主を襲った蜘蛛じゃよ。」

 

 福幸は、本日二度目の気絶をした。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「オオ、シンデシマウトハナサケナイ」

「なぜ、ノーブルさんが片言でそれを喋ってるんですか? 日本のサブカルがなぜ異世界まで伝わってるんですか?」

 

 もう、朝日が顔を出し始めたのだ。

 福幸を起こすためにメイドが来たのは当然と言えよう。

 

「いえ、本気で殺そうかと自身の心と相談してたんですが?」

「なんで!?」

「まぁまぁ、大人しく寝転がってください。このナイフが刺さらないでしょう?」

「ぎゃぁっ!?」

 

 早朝から仲良く二人が遊んでいると剣姫が福幸の様子を見に来た。

 

「おお、元気そうじゃの。」

「あはは、まぁ。」

「じゃあ、お主少しついてくるのじゃ。」

「なんでここの人らは全員キャラが濃いんだよ!!」

 

 たしかにそうかも知れない。

 そこらへんのモデルが真っ青になって逃げ出すほどの絶世の美女でいながら喋り方が年寄り臭い剣姫。

 色々と謎に包まれているメイドのノーブル。

 異世界から転移してきた不幸な少年、福幸那人。

 

 改めて見てみるとかなりキャラが濃い。

 

「墓場へ連れて行くのでしょうか?」

「まぁ、そうなるのぉ。」

「墓場って……? 怖そうだから断りたいです。」

「お主に拒否権などない。」

 

 一言で、福幸の淡い希望を叩き切った剣姫は目でメイドに指示を出すと部屋を出ていく。

 

「早く起きなさい。」

「はぃ、わかりましたよぉっと。」

 

 やる気のない掛け声のあと、布団から起き上がった福幸は扉を開け部屋を出ていく。

 

「全く、このベッドを片付けるのは誰だと思ってるのですか……ハァ、仕方ありませんね。ローズ様のお世話をできぬ代わりにこの愚図の後始末をしましょうか。」

 

 呆れたような、うれしそうな声でそう誰に言うでもなく言うと魔法を使い部屋を綺麗にしてゆく。

 福幸が、寝ていたベッドの皺は消えて掛け布団や毛布は福幸が来る前と同じように畳まれホコリ一つない非常に綺麗な部屋が完成した。

 

「さて、本日もいつも通り花に水を与えましょうか。いつもより多少遅いですが…… まぁ、この程度なら誤差ですね。」

 

 そう、呟き窓から差し込む淡い陽の光を軽く見たあと音もたてず部屋を出ていった。

彼女はメシマズではありません

わざとです。

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