62 独りぼっち
覚悟を決めたと言えどもすぐに何かが変わるはずもない。
未だ彼は無力な不幸な少年でしかない。
「まずは、ここから出なくちゃな。」
壊れた教会から、半開きの扉を押して体を外に出す。
外から差し込む朝日が、血だらけの福幸を照らし出す。
あの戦いから一晩経ったのだ。
「【実ガチャ】」
徐に、その場にあった石を実に変える。
「最初から変わらないな、俺のすることは。」
味も何もない実を口に運ぶ。
「美味くも不味くもない、か。そりゃそうか。石だもんな。」
全くもってその通り。
美味くも不味くもない、その実を口に含んだ意味は無い。
ただ、気分的な問題で口に含みたかっただけなのだろう。
「やあ、やっと出てきたのかい? フコウくん?」
「黙れ」
「相変わらず辛辣だね、でここが何処か知りたいかい?」
「変える方法を教えろ」
「連れないなぁ」
「教えろッ!!」
「はいはい、分かったよ。此処は女神教会の総本山とでも言えばいいかな? ま、そこにあるダンジョンの最下層だよ。此処には様々な罪を犯した者が入る牢獄だね。」
「どうやって、俺は此処に入った?」
「多分、美徳スキルの効果だね。全く、鬱陶しい。」
「そうか、でどうする?」
福幸がそう問いかけた時、唸り声が聞こえる。
「もう来やがったか。牛頭がッ!!」
「風貌は俗に言うミノタウロスだな。」
「そんな雑魚じゃない。逃げるよッ!!」
ブモォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!
背後から、牛の唸り声が聞こえる。
視線を向け、立ち向かおうとする福幸の手を引っ張るレオ。
見た目からは想像もつかない怪力を発揮し、無理やり連れてゆく。
一体何分走っただろうか? もう唸り声が聞こえなくなり2人は地面に倒れる。
「ハアハアハアハア……、あー、死ぬ死ぬ」
「ハアハアハアハア……、なんで逃げた? 2人なら……、あいつにも勝てたんじゃ?」
「馬鹿なの? あんなS級の敵を相手に勝てるなんてあり得ないね。あのギガタウロスは憤怒の僕の力をあっさり越えるんだよ? 勝てっこない」
「ハアハアハアハア……、憤怒? まあ良いか、それよりアイツはそこまで強いのか?」
「強いなんてもんじゃない。出会ったら即逃げる事をお勧めするよ。」
「絶望じゃねえか。」
「そうだよ、絶望の象徴なんだよ!!」
若干キレ気味にそう叫ぶレオ。
福幸の無知具合に怒り始めたらしい。
「わ、悪い。」
「はぁー、なんで僕はこんな奴を助けようとしたのかなぁ、僕って馬鹿じゃないの? あームカつく。」
そう言うと立ち上がり、頭を振る。
「もー!! これが僕の弱みだったらすぐに殺せるのにぃ!!」
「怖い事を言うなよ。」
「事実だよ、君が神を知ってる大罪持ちでなければ今すぐにでも殺しているところだ。」
謎の圧力が目の前から押し寄せる。
足が震える。
「こんな程度で腰抜けてたらあのギガタウロスを倒すのは夢のまた夢だね。」
「・・・ッ」
「まずは実力差を分かれ、雑魚。君の力はあまりにも弱い。」
蔑むように口から放たれた言葉はあまりにも、福幸の心に対して辛すぎた。
「分かってるよ……」
涙が止め止めなく溢れ出てくる。
心の軋みが、疲労が、怒りが、嘆きが、渇望が
言葉を表現できないほどに肥大する。
そんなことはわかっている。
弱いことなんてわかっている。
わかっていても、認められないだけなのだ。
「餓鬼が、知った口を聞くんじゃない。僕は君のママでもパパでもないんだ。君の人生なんて知らない。君の願いなんて知るわけがない。僕は僕の知ってることしか知らない。」
「何が言いたいんだよ……」
「君が、分かっていると言うのならまずは自分のことを認めろ。何にも知らない事を分かれ。ほら言えよ、自分は馬鹿で無能で人一人も助けられない癖に知った口を聞く餓鬼ですって。」
「ッ……」
屈辱だった。
恥でしかない。
言うわけがない
言えるはずがない。
心の中にある自尊心が、プライドがそれを言うのを必死で抵抗する。
「笑わせんなよ、餓鬼。君が言う言葉にどれほどの価値がある? 意味がある? 意義がある? くだらないことに意地張って誰を助ける、だ? 独りよがりの満足なんて、他者を顧みないハッピーエンドなんて聞き飽きてるんだよ。酔ってんじゃねえぞ、暴食ッ!! 君の持つ能力は確かに最強だ。持っていて、確かに自分が大きく思える能力だろう。僕の憤怒なんか足元にも及ばない。他者を捕食し自分のものにするのは僕から見ても羨ましいの一言に限るよ。」
彼女の褒め言葉は、福幸へと向けられていない。
「けど、それを使う君はどうだ? できない妄言を語り、できない事を把握できず、望みのみを言う君はどうだ? 笑わせんな。はあ、ガッカリだよ。死んじゃえば? 期待はずれもいいところだ。」
彼女の言葉は自己完結する。
そして、静かに涙を流す福幸を置いてゆく。
「待てよ……」
ゴガッッ!!
「待って、くださいだろ? まあ、またないけど」
そう言うと、呼吸ができない福幸を置いて彼女は本当に福幸の元を離れる。
福幸は、今度こそ一人ぼっちになったのだった。




