48 喉仏を噛み切ってでも
「すいませーん、掃除終わったので帰りまーす。」
『自由にしてくれ!! 報酬は明日渡す!!』
怒鳴り声が聞こえ、一瞬止まったカチャカチャと言う器具を操作する音が再度聞こえだす。
「よし、帰るか。コマチ。」
「ですね。夕食はどういたしますか?」
「この時間なら……、宿屋で食べれるか。」
「その前に、消臭の魔法を使わなければなりませんね……。」
「えっ、あぁ……。そっか、臭い移りか……」
「どちらがかけます?」
「俺がするよ。『その者たちの臭いを消せ【消臭】」
福幸がそう唱え発動させたときには完璧ではないものの早々気づかれない程度には臭わなくなった。
「さぁ……、帰るか……。」
「ですね。今日も疲れましたね。主に精神的に。」
「あー、分かる。」
「報酬は……、明日もここを訪ねますか……。」
「二度と来たくねぇ……。」
「ま、まぁ、私達が掃除しましたしだいぶ綺麗になってるはずですよ?」
「それでもなぁ……。」
と中々に行きたがらない福幸だが、報酬の件もあり行かなければならないのは明々白々。
単純に気分の問題でしかないのだ。
「宿にも着きましたし、夕食を貰ってすぐ寝ましょう。」
「そうだな。」
というわけで、夕食の時間だ。
本日の夕食は、サイコロ状の肉(オーク肉)とピーマンみたいなものとトマトを炒め作り上げられた物にパンがついているものだった。
まだ湯気が出ておりかなり美味しい。
ピーマンの苦味がより強くオーク肉の旨さを引き立てトマトの味付けがそれを纏めている。
普通に美味しかった。
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丑三つ時、福幸は起き上がる。
特に理由はなくたまたま目が覚めたというのが正解だが、それでも起き上がる。
そして、しばらくして悩む。
"なぜ、自分は異世界に召喚されたのか"
と。
剣姫にも言われていたが、異世界からモノを召喚するには相応以上のコストがかかる。
例えばコップ一つ分の水を取り出すのに必要なコストが牛10体みたいに釣り合わない。
それだけのことをして何故、福幸たちが呼び出されたのか。
それが1つ目の疑問だった。
そして、2つ目。
あの、白い空間で出会った神と名乗る存在。
正体不明、顔や体格、性別や声色すら思い出せない。
だが、自分が『不要だ』と突きつけられたことは覚えている。
不思議なことだ。
何故、それだけは覚えているのか。
これは、メイドであるノーブルに相談したときに一つの答えが帰ってきた。
すなわち、『覚えられていると不利益になるから』覚えていないのでは? と。
「ならなんで不利益になる……?」
ようやくそこに辿り着く。
なぜ不利益となるのか。
神が、神と名乗りなぜ不利益となるのか。
なぜ……なぜ……?
答えは出ない。
当然だ。
推測する材料がないのだから。
ならば、と思考を変える。
なぜ、福幸だけが別の場所に飛ばされたのか。
アイツはエネルギーが足りないなどとほざいていたがそんなわけがない。
「剣姫さんいわく……、向かう場所を座標とかにして認識してないと転移魔法は使えないらしいからな。となればわざと俺を飛ばしたことになるよな? 何故飛ばした、か……。」
暫く考える。
そして、最も可能性の高い答えにたどり着く。
「俺を殺したかった?」
正解かどうかはわからないがそれしか考えられない。
福幸那人が死ぬ理由など考えつかない。
何故死ななければならないのかも。
だが、現状からしてあの神と名乗る化け物は福幸那人を殺したがっているのだ。
「はぁ、自由に生きたいのに目的ができたよ……。クソがっ。」
静かに怒る。
激怒する。
憤慨する。
憤怒する。
なぜ、自分が逃げ惑わなければならないのか。
おそらく、神と名乗っている敵は福幸に直接的に手を出せない。
出せるのならばとっくの昔に殺しているだろう。
ならばなぜ逃げる必要がある?
殺しに来ているのならば迎え撃ってやろうではないか。
なぜ、何もしていない自分が逃げ惑い泣き叫ばなければならない? 地獄を見なければならない?
自分で手も下せない臆病者になぜ、俺は怯えなければならない。
「いいぜ……、正面から迎え撃ってやるよ。」
そのためには力がいる。
福幸が持つ不屈の魔剣を十全に扱える技量が。
無数の魔法を展開し殲滅する力が。
そして、異世界から至りまだ見ぬ力を持つ友が。
全てが要るのだ。
「となれば、目下目標は彼奴等に合うことだな。」
目標ができた。
死にたくないという目標が。
そのためのすべきことができた。
敵の喉仏を噛み切る力を蓄えることが。
考え終わり、福幸はまた床に着く。
月は輝き、剣の姫はそれを見て嗤った。
過去の因縁がようやく解けそうだ、と。




