32 理想
「ふわぁ……」
大きく欠伸をしつつ、両腕を空に上げ体を伸ばす。
「よく寝たな。」
案外、藁でできた布団でも寝れるという事にどれほど疲れていたのか驚愕したりもしたが難無く日が昇り切るまでにしっかりと目を覚ます。
一応、井戸の冷たい水で顔を洗いきっちりと目を覚ましたが。
顔を拭いたあとあたりを見渡すともうすでに起きている人や今起きた人などが話し合い帰るために荷物を整えてたりする。
「ちょっとそこ使うわね。」
「あ、どうぞ」
井戸に他の女冒険者が来たので普通に代わる。
福幸はどいたあとどこに行くか悩み始めた。
特に行くところがないのだ。
親しい間柄の人達と話し合っている。
「剣でも振るか」
そう言い、村を少し出て剣を振る。
右手に不屈の魔剣、左手にククリナイフ。
剣姫のところでも言われていたのだが福幸の戦い方は二刀流の方が良いらしいのだ。
福幸的には、一刀流の方が戦いやすい。
ではなぜ、二刀流のほうが良いと言われたのか。
その理由までは結局聞けていない。
不屈の魔剣を用いた一刀流は異常に手に馴染む。
そして、戦闘においては思った以上の動きができる。
だからこそ、戦闘でも良く使っているのだが。
戦闘以外、自らを鍛える訓練においては手に馴染むだけで福幸の技量は変わっていない。
まずはゆっくりと舞う。
目の前の空気を切り裂くように舞う。
目の前には敵がいる。
自分にしか見えない。
自分という敵が。
そいつを倒すために一歩前へと踏み出す。
ザッ、
剣速が早まる。
徐々にゆっくりと
自分が見据えた限界を超えるために。
右へ、左へ、下へ、上へ
リズムよくテンポよく、両手の剣をときに遠くときに近く。
福幸から半円を描くように切ってゆく。
それでも遠い。
自らの限界と理想が。
突く、刺す、切り上げる。
まだ遅い。
まだ脆い。
まだ拙い。
一体、理想はどれほど遠いのか。
一体、幻想はどれほど強いのか。
まだ、足りないのだ。
まだ、届かないのだ。
遙か先に佇むあの人には。
同じ剣というものを使い始めてようやく分かった。
あの人物はいつものように剣の極致にていつもと同じように紅茶を飲みながら佇んでいるのだ。
こちらが、幾ら努力しようと届きそうにない遙か先にて、彼女は余裕を持ってそこに居るのだ。
もし、剣を極めたとしてもそれでも彼女の姿は遠い。
剣を極めるのは当たり前。
すべてを極め、すべてを制し、そのすべてを剣という力に注ぎ込む。
それでようやく彼女と肩が並べられるのだろう。
正に、覇王の剣だ。
全てに対して覇を唱え征服しそのすべてを剣に注いだ彼女に。
「おお、朝から頑張ってるなぁ……、ふわぁ……、あ〜、ねみぃ。」
「おはよう御座います」
「そろそろ飯食うわ俺。お前はどうする?」
「あー、俺ももらおうかな?」
「銅貨3枚で一食分だぞ。文句は言うなよ。うまいしな。」
「わかりました。場所は?」
「井戸のそばで作ってたぞ? ふわぁ。あー、眠い。」
福幸の剣技を見ていた冒険者が福幸に声をかけ飯に誘う。
それを了承した福幸とともに村へ戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「串焼き銅貨2枚だよー!! ほぉら買ったかったぁ!!」
簡易的な屋台で串焼きを売っている女性から銅貨2枚を払い貰う。
「おっ、美味いな。」
「当然よぉ!! あたいの腕を舐めんじゃないわよ!!」
喜ぶように福幸に言うと他の冒険者達を捌いていく。
「はいはい、これ3本ね!! まいどありー」
「すまん、俺ももう一本!!」
「銅貨2枚よ!! あ、ありがとね!! ほら、一本持っていって!!」
「忙しそうだな。」
少し離れたところでその様子を見ていた福幸はそう言う。
そして、ムシャムシャと焼き鳥を食べ喉が渇く。
「【ウォーター】あー、うまい。魔法で作った水は美味いな。」
そして、串を地面に刺しおもむろに立ち上がる。
そして、また森の中へ戻って行った。
「さて、どうしようか」
森の中へ戻った福幸はそうつぶやつ。
飯を食べたあとはそこまで動く気力が沸かないのだ。
「う〜ん、とりあえずポーチに残っている実でも食うか。」
そう言い、食べ始る。
たまに麻痺したり、吐き気を催したり目眩に襲われたりするのにも慣れ耐性系スキルが育ちかなり耐えられるようになり始めた頃。
そろそろ、福幸も満腹になり始めていた。
「あー、食った食った。もう食えねぇ。」
そう言い、立ち上がる。
そして、剣を構えてまた、舞い出す。
理想を実現するために。




