22 神々の名
「対談は終わりましたか?」
「あ、はい」
「まさか、領主様直々に出てくるなんて驚きですよね。」
「ホントウニソウデスネ」
今更ながら首を斬られないか心配で鼓動が速くなっている福幸は剣とククリナイフを装備する手を止めず片言で迎えてくれた人へ言葉を返す。
「騎士団長様からは本日の昼に出発と伺っていますが、昼までにここに来れますか?」
「えっ、ホントですか?」
「はい。今からあと……、ニ回ほど鐘がなったら集合かな?」
「じゃぁ、あの残念……じゃなかった。えぇと……」
「チュネッリーさんですか? ちょうど目が覚めたとも聞きましたし一度会ってみては?」
「あ、分かりました。教会はどこに?」
「ここを出て真っ直ぐに行くと尖った屋根の大きな家が見えますから。」
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ、それほどでも。」
そう言うと、出入り口の戸を開ける。
福幸は軽く頭を下げると街へと戻った。
少し前を見ると他に比べ豪華な馬車が街の中を走っている。
「本当にあの人貴族だったのか……。」
今更ながらに背中から汗が吹き出す。
思った以上に危ない橋を渡っていた福幸。
今となっては反省や悔いしかない。
だが、運良くと表現するべきか。
危ない橋は渡れたのだ。
ここからは余程のことが無い限り問題ないだろう。
「さて、教会に行くか。」
意識を切り替えるためにそう言うと、真っすぐに歩き出す。
中世のような町並みを見ているとまるで自分がゲームの主人公になったような錯覚を覚えた。
周りを見渡す。
今、福幸が歩いている大通りの間に様々な露店が立ち並び町全体が活気にあふれている。
全身が歓喜に包まれる。
理屈などない。
自分が、異世界に来たという非現実的な話が具体性を帯びそれに対して興奮しただけだ。
人間なら、一度は考えたことがあるだろう。
今までにある社会という法に縛られず総てが自分に都合の良い世界というものを。
今、正に福幸が居るところは其処なのだ。
地球にあった法に縛られず、こちらの世界に来てからは総てがとまでは行かないもののかなり良い方向に物事が進んでいる。
そして、今いる場所はどこか? 言うまでもない。
夢にまで見た異世界だ。
期待と興奮。
それらが入り混じる。
夢が夢でないという事は分かりきっている。
異世界に来て一ヶ月半。
地獄なら見た。
ならば少しぐらい救われてもいいのではないか?
あまりに温く、甘い考えが頭を侵食する。
不幸だった自分を貪る。
「ばっかじゃねぇの。」
だからこそ、その言葉が口先から出る。
耳に音が戻る。
色眼鏡が消える。
聞こえる声は活気には溢れている。
互いに値下げをし思うように行かなければ怒声を上げるという声。
見える世界は貧困なものが虐げられそれをものとも思わない。
所詮、世界が変われど本質は変わらないのだ。
それを分かったからこそ福幸は自分の考えを否定したのだ。
所詮、何処の世界であれど本質は変わらない。
ならば少しぐらい自分が楽しんでもいいのではないか?
不幸な少年が幸福を感じてもいいのではないか?
答えは聞いていない。
求める言葉は唯一つ。
『YES』だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へぇ、この世界の教会はこんな感じなのか。」
思わず呟く福幸。
シンボルは六角形と星を合わせたような形だ。
中へ入ると早速ながらシスターが出てきた。
服は地球で言うところの修道服と言われるものだろうか? それが黒色で作られて胸には先程のシンボルである六角形と星を合わせたようなペンダントが付いている。
「本日はどのようなご用事で?」
「いや、知り合いがここにいるって聞いてな。」
「最近いらした方々ですと……、騎士の方ですか?」
「ああ、名前はえぇと……」
「チュネッリー様でございますか?」
「ああ、その人。」
「ならばこちらへ。」
今、福幸がいる場所は地球の教会で言うところの礼拝室に当たる場所であり福幸が入ってきた扉のちょうど反対側に白い石で模られた十二の像がある。
「あの彫刻は……?」
「我ら、12神でございます。左から豊穣と食の神メンデゲール様、慈愛と癒しの神アメテラス、極寒と忍耐の神ヘルイダム様、吹雪と恐怖の神アゼザトルス様、死と安らぎの神ヘール様、新生と喜びの神ニューゲート様、追従と幼児の神へーロース様、開放と収束の神オープラース様、始まりと終わりの神ニューエンド様、温暖と幸福の神クベラーナ様、剣と国の神ローズ様、星と自然の神アースシーエア様です。」
「お、多いな。」
あまりの数に驚愕する福幸だが、気を取り直す。
3日ぶりに合う残念騎士はどの様子なのか?
(これが……恋? ってそれだけはないわ。)
心のなかでノリツッコミをしていたのは秘密だと言うことにしよう。




