11 覇王たるもの
「起きたかのぉ?」
「うっ、頭が……」
「大丈夫そうじゃの」
一面の草原の中、剣姫はそう言うと鞘に入った剣を福幸に渡した。
「それは、もうお主のものじゃ。決して無くすでない」
それだけ告げると、椅子に座り優雅に茶を嗜みだした。
「ここ……は?」
「教えてやろう。我の訓練場じゃ」
「なんで……俺がここに……?」
「はんっ、男子のくせにみっともなく気絶しておるからじゃろ。手っ取り早く我が連れてきてやったのじゃ」
そう言うと、剣姫はティーカップを置きながら睨み付けた。
それが本当に大事なことだと、言外に含ませているようだった。
「ひとつ、問うぞ?」
「何……?」
未だ治らぬ頭痛を堪えながら、福幸は答える。
「お主を強くする、これは絶対じゃ。その上で……お主は何のため強くなりたい?」
「其れは……」
言われて、福幸は言葉に詰まる。
自分から強くなりたいと考えたことはなかった。
そもそも、ここに居られれば一生の安全を約束されると思っていたのだから。
(強くなる? 何を言っているんだ? )
保護されている身分ながら、そう考えてしまうぐらいには平和ボケしていた。
「最初に言っておくぞぃ? お主にはあと一ヶ月でここを出ていってもらう」
「はぁっ!?」
恐怖の光景が、脳裏に浮かぶ。
ゴブリンに怯え、オークに怯え、ドラゴンに怯え、毎度食事に困る日々が。
まあここに来てからも、食事は改善されていないかも知れないが……。
それでも、あそこより遥かに幸福だった。
手を握り締める。
爪が刺さる。
昨日の訓練は唐突に始まった。
理由など聞いていなかった。
けど、今ならわかる。
(俺を自立させるために、していたんだ)
思い知って、目に涙が浮かぶ。
悔しかった。
情けなかった。
高校生になっても所詮、考え方は他力本願である自分に。
美女に教えを請わなければならない自分に。
そして、そんなことを今さらに考え、考えていなかった自分に。
「それで、何のために強くなる?」
「唐突すぎません? なんで、俺は強くならなくちゃ!!」
「甘えるな、愚図」
「っ!?」
体が震える。
恐怖と同時に歓喜していた。
否定し貶され、あのときと同じように馬鹿にされ続ける。
それは怖い、怖いが……。
他人から期待されるより遥かに楽だ。
他人から押し付けられる無意識的な期待は、福幸に耐えられるほど、軽くはない。
その重圧に応えるぐらいなら、いっそ蔑まされているほうが楽だ。
そうやって、心醜く、やらない理由を用意する。
「お主の小賢しい考えなどすべて見通しておるわい」
「何がだよ!!」
「どうせ、応えられぬ期待を寄せるな、じゃろう?」
内心を分かったかのように言われ、心がささくれる。
事実でなければ、なんとでも言い返すことは出来た。
事実でなければ。
「解ってるなら、俺に構うなよ!!」
「それは、できぬ相談じゃな」
「はぁ?」
「最初から期待などしておらぬ」
剣姫はそう言葉を切り、見つめて。
そして、一呼吸置いてから言った。
「我は覇王ぞ? 民を信頼せぬ王なぞ、おるか」
込められた重みが違う。
その言葉には、期待じゃない。
絶対の信頼が込められていた。
支離滅裂、理解不能。
福幸には理解できない。
何故、ここまで人を信頼できるのか。
何故、ここまで人に想いを寄せれるのか。
何故、ここまで自分を信頼してくれるのか。
「泣くな、小僧」
ああ、理解不能だ。
「理解できぬ感情は怖いかもしれん、が」
ふっ、と笑う。
「それがなくては、人は成長せんぞ?」
福幸は、理解した。
追いつけないし追いつかない。
人の枠に収まらない人間。
人というものを理解し尽くした人間。
まさに、覇王という言葉がふさわしい。
「落ち着いたかのぉ? ならば再度、問おう」
理由はできた。
目標もできた。
信頼してくれるのならば出来る限り、応えるしかない。
「お主は何のために強くなる?」
「俺は……」
ゆっくりと口を開く。
決まった覚悟は覆せない。
「ローズさん、あなたが俺の目標だ。」
そう、言い切った。
その目は、覚悟の決まった男の目だった。