1 転移十日目
この世界には恵まれている人間と恵まれていない人間がいる。
そして、俺は恵まれていない側の人間だと思っていた。
学校に行けば肥えているから、不細工だからと虐められ、家に帰れば親はおらず、ご飯を食べようとすれば冷蔵庫にはなにもない。
女の子を助けようとすれば泣き叫ばれ警察を呼ばれかける始末。
満員電車では痴漢を疑われそのせいで遅れても先生は話を聞こうとしない。
家の中にはたまに虫が出て俺の睡眠を妨害し、鬱陶しい弟が俺を蔑む。
けど、そんな日々でも本当は恵まれていた。
なんでそれに早く気付けなかったのか。
自分を責め立てる心の声に俺は思わず涙を流す。
確かに、一般の人たちから見たら恵まれてなかったかもしれない。
けど、それでも十二分に恵まれていたんだ。
少なくとも、この地獄よりは。
けど、それを、今更自覚し直したってもう遅い。
洞窟から入ってきた風がなり、化け物共の唸り声が聞こえ大型の生物が羽ばたく音がする。
そして、俺は呟く。
だって、俺は今……。
「異世界にいるから…… な。」
モテず、見下され、奴隷として扱われ挙げ句に召喚されたなら別の場所へとハブられた俺が異世界に飛ばされて十日目。
意味不明な森に俺が飛ばされてちょうど十日目の朝だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆
「とりあえず、外に "アイツ" はいないよな?」
少年はそう呟き、人が一人通れる程度の穴から顔を出し周囲を見渡す。
それを、何度も何度も行いようやく穴から這い出る。
その動きも、おっかなびっくりであり早いとは言えない。
「うへぇ、ホコリまみれだ。」
口の中でそう呟く。
周囲に反響もしないレベルの呟き。
無意識に呟かれた言葉に驚くと慌てて少年は口に手を当てる。
そう過ごすこと10分。
何事もないことに安堵し、洞窟の中に有る岩石の影に隠れ隠れ洞窟の外を目指す。
体の動きは最大まで消音に努め、それでも尚偶に響く音に身を震わせる。
何故これほどまでに警戒するのか。
その理由は単純明快だ。
なぜなら、洞窟はこの世界で最強種族とも言われている生命体の巣へと繋がっているのだ。
そう、ありとあらゆるファンタジーにおいて絶対的強者であり、その体躯は城を破壊し、その尾は森を更地へとする。
その頭脳は、人よりも賢く、奴らが吐く息は村を、街を、国を焼土へと帰す。
絶対的最強種族の一角。
そう、ドラゴン
その、ドラゴンの巣が洞窟の一方と。
もう片方は、地獄や絶望などの二文字すら生温い。
想像を絶する様な化物共がひしめき合い
日常的に殺戮と蹂躙が繰り広げられる森へと繋がっているからだ。
例え、この洞窟の入り口の穴が小さかろうと。
例え、この穴が岩陰に隠れてようと。
例え、この穴の入り口が狭く恰幅の良い男性一人がやっと通れる程度の広さであろうと。
安心することなど出来やしないのだ。
彼は、その事を森で彷徨ううちに本能的に理解し
そして、目で見ることにより理性が理解した。
生物としての格の違い。
贖おうとすれば、その時、その場所が自分の死に場になると。
(よしよし、あの"化け物共"はいないな。
んじゃぁ、3日前にゴブリンとオークが争っていた場所に向かうか。)
心の中でそっと呟き、より一層周りを警戒する。
周囲に化け物が居ないからと安心すれば即座に殺されかねない。
安心を打ち消すかのように警戒を強める。
そして、足早に…… だが、足音を立てず素早く移動する。
そして、走れば1分で付く距離を数分ほど掛けてたどり着く。
(今日は運がいいな。
いつもなら、2、3体ほどゴブリンを見かけるのに。
まあ、いい。
運がいいのに文句はないからな。)
そう心のなかでつぶやくと周囲を見渡し、価値のある石を探し出す。
彼の目的は、ゴブリンがドロップする石。
この世界では、モンスターは死ねばポリゴン片となり消滅し石や体の一部の部位などをその場に残す。
彼は、約3日前
ゴブリンと、オークが殺し合いをしていたときにその場を目撃していたのだ。
そして、探し始めて数分後。
ついに見つける。
その場所は、他に比べ赤黒く腐臭がしたのが幸いした。
(ん?この赤い石は…… ひょっとして…… 魔石っ!!?
やっ、やったぞ!!)
心の中で、狂喜乱舞し現実には冷静に振る舞おうとするように動く。
そして、他の高価そうな物も回収し行きと同じくゆっくりと、穴の中に帰る。
(ふう、とりあえず帰ってこれたな。
しっかし、運が良かったなぁ。
と言うか、よく動物の心臓近くに石があるなんて気付けたな。)
そう考えて自分の興奮を、落ち着けさせスキルを起動させる。
そう、この世界にはスキルというシステムが存在する。
この世界のスキルとは自分の持つ技術を補正する物だ。
例えば、剣を振り続ければ剣術のスキルが手に入る。
魔法を使い続ければ魔法スキルが手に入る。
しかし、努力せねばスキルは手に入らないが。
「その前にっ、と。」
そう言い、彼は俗に言われるステータスというものを開く。
───────────────────
名前︙福幸 那人
スキル
麻痺耐性(弱)
毒耐性(弱)
痺耐性(弱)
出血耐性(弱)
目眩耐性(弱)
火耐性(弱)
電耐性(弱)
寒耐性(弱)
熱耐性(弱)
剣術(微弱)
EXスキル
実ガチャ(神)
───────────────────
そこには、彼の名前と多数の耐性スキル。
そして、一部の通常スキルが記載されていた。
そのスキルの多くは彼が実を食べ得たものだ。
辛い実を食べれば発火し、不味い実を食べたら毒にかかり、炭酸のような刺激のある実を食べれば電流と痺れが全身に回る。
そんな経験をして得た耐性と、偶然にも引き当てたスキルの実というものを食し得た剣術のスキル。
残りは、神から祝福として受け取った実ガチャしか存在しない。
そんな中で生き抜いた彼、福幸は運がいいのだろうか?
「よぉしっ!!早速、交換するぞ!!」
そう息巻き、スキルを発動させて実とを交換する。
出てきた実は、白色一色の林檎のような実だった。
「何だこれ?まあいいか。
食べれそうだし。
色以外りんごだからな。
では早速…… 頂きます!!」
そう言い、勢いよく齧り付きあっという間に食べきる。
「ふぅ、お腹いっぱi ッッ!!
イタいっっっ!!
がアッ!!グギッ!!クソがァァっ!!」
実を食べ終わり、一息つこうとした途端全身が一瞬強張り、激痛が全身を駆け巡る。
その痛みはまるで、体を作り変えられるような痛みが全身を苛み思考することすら困難な状況。
それでも、福幸は思う。
原初にして最大の欲望。
死にたくない。
まだ生きていたい…… と。
そして、贖うように手を無意識に前に伸ばしふっ、と体から力が抜け
彼は意識を失う。
唐突にスタートです。
前日譚
https://ncode.syosetu.com/n2814hy/