邪神ちゃん 海で遊ぶ 3
「初めまして、人の子よ」
「遊ビにきた、ヨ!」
カシャンというガラスの割れる甲高い音。それと共に紺碧色の触手としかいいようのないものが大量に滑り込んでくる。
その触手はあっという間に私たち四人を捕らえ、縛り上げる。魔法を使う間もなかった。両手も離されてしまい、亜空庫も使えない。
窓の外には明かりに照らされた二つの人影。朱色の髪に朱色のワンピースの者と紺碧色の髪に紺碧色のワンピースの者。
紺碧色の人影の腕からは、私たちを捉えている触手が無数に飛び出している。
「アルアとナデアか……!」
「そう、久しぶり。邪の王。悪なる者。アルガデゾルデ」
「遊ビにきた、ヨ!」
朱色の髪、"太陽神"アラクアルアが私の名を呼び、"大洋神"アラクナデアが触手を蠢かす。
「まさかこの様なタイミングを狙ってくるとはな……」
うじゅうじゅと音を立てて触手が動きまわる。粘液を残しながら全身を這い回るそれは、タコのそれとよく似ている。
「油断大敵、ダヨ!」
「ナデアの言う通り。アルガデゾルデ、あなたに油断は許されない」
すうと、宙を渡って二人が部屋へ入ってくる。割れた窓などお構いなしだ。
「……三人は人質か」
「そう、人質。あなたを大人しくさせるための抑制剤」
私の言葉に三人の表情がハッと固まる。それはそうだろう。己らが人質と知って表情を保てるわけがない。
ましてやこのような名状しがたい触手のようなものに捕われていればなおさらだ。
「わ、私たちに人質の価値はありませんわ!」
「そう、別にこのまま締め殺されてもなんともない」
「わ、私も、です!」
三人は気丈だった。声を振り絞り、己に人質としての意味がないことをアピールする。
だが、だが……!
「そう思うのならば、私を攻撃するがよい。アルガデゾルデ。私の権能ならば、彼女らを程よく炙ることが可能だ」
そんなアルアの言葉に三人がヒッと息をのむ。殺すではなく痛ぶるといわれたのだ、当然の反応だ。
「できる……わけがないだろう……」
「アルカちゃん!」
「邪神ちゃん!!」
私にできる答えはそれだった。三人と人質に取られ、痛ぶると宣言された上で出来ることなど、私にはない。
「できるわけがないだろう! 友を! 見殺しにするような真似が! 私にできるわけがないだろう!」
訳もなく涙が溢れる。これが感情が溢れるということか。だが私にはやはりできないのだ。彼女らを見殺しにすることなど。
「私を焼くがいいアラクアルア。所詮、私はもう一人の人間だ。だが他の加護を持つ者が必ずお前たちを──」
「アルガデゾルデ、あなたはなにか勘違いをしている」
「何がいいたい!」
目を閉じ、首を振るアルアに叫び、問いかける。
「私たちの目的は最初から伝えている通り」
「遊ビにきた、ヨ!」
「あなたたちが面白そうだから、遊びにきただけ」
「はぁ?」
突拍子もない答えに我ながら間の抜けた声が喉を突き出る。
「三人を炙ると言ったではないか!」
「日焼け。もうちょっと程よくできる。あとナデアの粘液で肌のケアも」
結局これは、襲撃なのか? なんなのだ? 余りにもあまりの返答に、頭が混乱する。
「人の子よ、私の目的はアルガデゾルデで遊ぶこと」
「遊ブ! 遊ぶ!」
「ちょっと待て、私で、といったか!?」
メーラたちを諭すようにしゃべるアルアの言葉に疑問を覚える。
私で? で? 嫌な予感しかしない。いや、嫌な予感以外がするはずもない。
こういった出来事の裏にはだいたい創造神が絡んでいる。
「エルロレロウムからメッセージ。太陽神と大洋神、双子コラボのマッサージをお楽しみあれ」
そんな私の心配を補強するかのようにアルアが呟く。双子コラボマッサージって何をどうしたら神にそんなことをさせる発想になるのだ!
「バカかあいつは! いや、まて。マッサージ? 何をする気だ何を!」
「テウタナムナからも伝言。汝有罪、よって感度20倍に処す。ざっまぁ」
「あいつらああああ! 手を組むと碌でもない! やめろ! 私に近づくな!」
両手を胸の高さまであげ、太陽神アラクアルアが私に近づく。同時に身を捉えていた大洋神アラクナデアの触手が蠢き、私の体を吊り上げる。
その格好は、なんとも恥ずかしいことに、アルアの胸の高さのところで足をM字に開かされた格好だ。
「大丈夫、マッサージは勉強してきた」
「全っ然大丈夫じゃない! あの創造神のことだ、お前に与えたマッサージの知識はマトモなものじゃない!」
「大丈夫、ダヨ!」
「保湿性のある粘液で全身マッサージする。人間もやってる。勉強した」
にじりにじりと近寄ってくる太陽神。上半身を動き回る触手。絶対に、絶対に禄なものじゃない。
「抵抗は無意味。ナデアの触手はマナを吸い取る」
そう、さっきから魔法を汲み上げようとしているものの、一向に成功しない。この触手は私の吸魔の魔眼と同様なのだ。
それに力でちぎろうにも、こっちはたかだか限界まで頑張っても人外領域がせいぜい。神の膂力には到底届かない。
つまるところ、最初の時点で私たちはどん詰まりだったということだ。
「それじゃあ、施術する」
「楽しい、ヨ!」
私にできることはせいぜい身を捩る程度。だが結果は余計に触手が動き回り、奇妙な感覚を覚えるのみ。
「安心するといい。満足したら、帰る」
「お楽シミだ、ヨ!」
私はただ嫌な予感に冷や汗を垂らしながら、アルアが近づくのを見ているしかできなかった。




