邪神ちゃん 海で遊ぶ 1
「うーみーでっすわー!」
「ほう、これはすごいな」
野営を終えた次の日、昼前に私たちは目的地である海に到達していた。
ちょうど左右を石の岬に阻まれた小浜とでもいうべきか。
別荘と共に映る白波は、確かに私の目を楽しませた。
「では私めは別荘の用意をして参りますので。昼食は浜までお持ちいたします。ご自由にお過ごしくださいませ」
聞くが早いか、メーラが最低限の荷物だけ持って駆け出していく。
それに遅れてニャルテとサラも荷物を抱えて浜へと向かっていった。
「やれやれ、元気なものだ」
「若者は元気なほうが良いのですよ。さ、アルカ様も」
「そうだな」
ローエンと一言交わしてから、私も荷物を持つ。さくさくという砂を踏む感触が心地よい
視線の先では早々にといわんばかりに、メーラが布を体に巻きつけ、着替えを始めていた。
「気が早いな」
「楽しいことは急ぐが吉ですわ!」
目の前で急いそと着替え終えたメーラは勢いよく布を振り払うと、海へ突撃していった。
ニャルテやサラもそそくさと布を巻きつけ、同じように着替え始める。
「涼しくて良いですわよー! 早くいらっしゃいませー!」
メーラが海の中から既に全身を濡れさせたまま、こちらに声をかける。
そうだな、折角来たのだから楽しまねば損というものだ。
私も荷物から水着を引っ張りだし、布を巻いて着替える。
「いこ、アルカちゃん」
私が着替えおわるころには、ニャルテとサラはすっかり準備を終えていた。
サラはメーラと違って髪を括っていて、いつもと雰囲気が違う。
ニャルテは水着でありながらも、いつでも描けるようにか、荷物の上にスケッチブックを置いてある。
「そうだな。海は初めてだ」
私も布を取り払い、肌を晒す。普段であれば面倒な髪も自分で結い、二人に従って海に近づく。
「おお、これは……」
ざぶざぶと海へ入っていく二人を傍目に私は一つの感触に囚われていた。
波打ち際の砂。そこに立っていると波がくるごとに足元の砂が流されていくようで、感触が興味深い。
川とは違い、砂が細かいとこうまでも──
「ぷゃんっ」
「何をしてますの? 邪神ちゃん」
「アルカちゃん……」
そんなことをしていたら、感覚が狂ったのか顔面から思いっきり転けてしまった。
ううむ、無様だ。そこをちょうど波がきたものだからたまったものではない。
頭がびしょ濡れだ。サラがどこか呆れた顔でこちらを見ているが……仕方ないではないか。初めての体験なのだから。
「どうせ濡れる、か」
頭についた砂を振り払い、私も海へと突入する。
確かに外気にくらべて幾分と涼しく感じる。押し寄せる波の感覚は川の時と違って体が揺り動かされ、心地よい。
「色々いますわよー!」
少し離れたところで叫ぶメーラに従い、潜ってみれば砂の海底に貝や蟹、少々ながらも魚がいるのが見えた。
ここの浜は比較的浅いようだが、メーラのいるところでは足がつかない程度の深さになっている。
「この蟹、食えぬか……」
「えぇ、かわいそうだよぉ」
なんとはなしに捕まえた掌サイズの蟹を焼いて食えぬか思案していると、追いついてきたサラがそれを引き留めてくる。
とはいえだな、料理されたものは今まで食べてきているのだ、これだって別にたべても構うまいに。
「何を言う、魚も蟹も貝も何かを食べ、我らも何かを食べて生きているのだ。一緒だろう」
「ううん……でも目の前で生きてるとなんか罪悪感が……」
サラは心根が優しいからな。川でも魚をとるのに最後まで反対していたのは彼女だ。
まぁ最終的にメーラに説得されて折れてはいたが。
「まぁこのぐらいの大きさでは食える身はそうないだろう」
手に持っていた蟹を海へ戻す。いそいそと泳いで逃げていく様はどこか可愛らしい。
サラがそれをみて安心したような表情になる。
「アルカちゃんのことだから、殻ごと食べるとか言い出すかと思ってたよ……」
ひどい話だ。確かに川の時、魚をほぼ頭から骨ごと食らったがなんでもかんでも丸齧りすると思わないでほしいものだ。
蟹の殻は出汁に、身と味噌を食うに決まっているであろうに。
「三人とも、そんなところで固まってないで、泳ぎますわよー!」
一人、岬の際まで泳ぎきったメーラが叫ぶ。
岩に波が激しく当たるところなので、何もないとよいのだが。
潜りながら泳げば、紺碧の水が全てを洗い流してくれるかのようだ。
「ぷぁっ」
一潜りして泳いでみたものの、波のおかげかなかなかメーラの元には近づけない。
他の二人も潜ったり揺蕩ったり、自由に過ごしている。
「邪神ちゃん、あと少しですわよー!」
「今いくから待っていろ」
ぐんと、足で水を蹴る。波に逆らって泳げば、白い水飛沫が顔を洗っていく。
「あとちょっとー! っわ!」
そんな時、一際大きいなみがざぶんとメーラを襲った。
溺れるような様子はないので、焦りはしなかったのだが……
「あら、流されましたかしら」
波が過ぎれば、彼女の豊かな双丘が露わになってしまっていた。
泳ぐ時に結構全身を使ったか、水着の紐が緩んでしまっていたのだろう。メーラは恥ずかしげもなく胸を晒したまま、辺りを探し回る。
うーむ、こう見ると彼女は良い肉体をしている。
岬の際にある段差に腰掛けながら上半身を露わにしている様は、図書館でみた創造神の絵のようだ。
実物の創造神はそこまでもなかったがな。
そんなくだらないことを思いながら彼女に近づいていく途上、波間に赤い水着を見かけた。
「そこか」
ゆらゆらと海底に向けて沈みつつあるそれに潜って近づく。静かなようで海の中の水は複雑に動いている。
手を伸ばしてもするりを逃げていくそれを、幾度かの末、なんとか掴ことができた。
「ほら、捉えたぞ」
「ありがとうございますわ」
水面を泳ぎ、メーラに捕まえた水着を手渡す。受け取ったメーラはゆったりと仕草で再び水着を身につけた。
なんとも他人がいないからよかったものの、彼女もなかなか恥じらいがない部類ではないだろうか
「でも邪神ちゃん」
「む?」
「あなたも、ですわ」
言われて視線を下せば、いつの間にやら私の水着も外れてしまっていた。
幸い私の水着は胴体の所は輪っかになっているので流されることはなかったのだが、首の結び目がはずれていたのだ。
こうして自分の体を見返すと、ほどほどといったところか。
メーラと違って豊かでもないし、サラやニャルテほど細くもない。
無駄な肉はついてないと自負できるが、美しさや繊細さは彼女らの方が上だろう。
「はい、これで大丈夫ですわ」
要らぬことを考えているうちにメーラがいつの間にやら、私の水着を結び直してくれていた。
うーむ、私も女の身となったことは受け入れ始めているのだろう。自分の肉体には驚くほどピンとはこない。
かといって元々男ではあるものの性別はなかったせいか、彼女らに欲情するということもない。
精々耳を滅茶苦茶に弄られた時に、自分の性を感じる程度だろうか。それもどこか中空にあるようなもので、どこか現実味がない。
「どうしましたの? じっと見つめて」
「いや、なんでもない。そこは波が荒い。皆のところにいこうか」
メーラの手を取ってサラの元へ泳ぐ。ニャルテはいつの間にやら浜に上がり、筆を取っていた。
「ニャルテも! 折角の機会だ! 皆で遊ぼう!」
そのニャルテに声を掛ければ、彼女はしばらく筆を動かした後、海へと戻ってきてくれた。
「これ、もってきた」
ニャルテが運んできたのは木でできたフリスビーだ。
どうやら投げ合って遊ぶつもりだったらしい。
「いいですわね、最初に落とした人が罰ゲームということで」
「ええ……」
「よいではないか。ただの投げ合いよりもスリルがあるではないか」
メーラの悪魔的な提案にサラは難色を示す、がここは折角の遊びだ。
たまにはこんなこともあって良いだろう。
「はい」
サラを懐柔しているうちにひょいと、かるくサラに向けてフリスビーが投げられる。
「あ」
「サラぁ!?」
それをサラが私に向けて投げようとしたのだが、どうやら水で滑ったらしい。見当外れの方向へ飛んでいく。
フリスビーが宙を駆け、白い波が砂を洗う上を全力で追いかける。だが、届かない。
「これでっ!」
あと一歩を、なんとか詰めようと砂を踏み締めて跳ぶ。
「ぷぺっ」
が、その後一歩は詰まることはなかった。指先を掠めフリスビーが砂の上を転がる。
こうして残酷にも、私の罰ゲーム行きがここで確定したのであった。