邪神ちゃん 里帰る 5
がたんという馬車が止まる大きな揺れと共に目を覚ます。
野営地にでも着いたか?
外を見回すと夕暮れだが、野営地の様子はない。
「おらぁ! 出てこい!」
そして怒声。やれやれ、事前にルート上はグリザリア侯爵によって整備され、山賊などの恐れはないと聞いていたのだが……
そういう連中は何処にでも湧いてくるらしい。
「さて、どう致しましょうかな。私一人でも対処できますが……」
御者台に座った執事が呟く。メーラが連れてきたのは老齢ではあるが熟練の執事。それも護衛に特化した人物だ。
彼の言う通り、放っておいても彼がどうにでもしてしまうだろう。
「長旅に飽きてきたところだ。メーラ達を起こさぬよう、少し遊んでやる」
「左様でございますか。では私は静観を」
私の強さはメーラから聞いているらしい。私の一言で、彼は御者台から動かないことを決めたようだ。
戸を開け、一歩外に出る。人数は……5人程度か。さて、どこまで頑丈なオモチャか。
「へへ、荷物と有金全部だしな! そしたら命だけは無事に帰してやるよ。命だけはな。いつになるかは俺たちが飽きるまでだからわかんねぇけどよぉ!」
一人の男がファルシオンをちらつかせ、下卑た声で叫ぶ。
なんとも物語にありそうな定番の輩だ。襲ってくるのであればもうちょっと、オリジナリティというものを求めたいな。
「ほれ、早くしろよ。それとも先にお楽しみしたいのかぁ?」
近くにいた男が私に近づき、手にした刃でそっと服を撫でる。切れる事はない程度の力で。
「よぉくみるとまだガキのわりにそこそこいい体してるじゃねぇか。お楽しみの意味わかるかぁ? おい」
ファルシオンを翻し、その切っ先で私の服の胸元を引っ掛ける。
そのまま胸まわりを切っ先でなぞり出す。
「黙ってちゃぁ何もわかんねぇぞ! 別に先に執事ぶっ殺してお前をぶち犯してからでもいいんだぜぇ!?」
「できる、ならな」
突きつけられたままのファルシオンを掴む。それだけで刃はもう、動かない。
「な、なんだぁ!? バカ力か! やっちめぇ!」
男の声に周りの男どもも動きだす。だが、それを悠長に待ってやるほど私は間抜けではない。
力を込め、握っているファルシオンを圧し折る。そしてそのまま残った手で目の前の男の顔面を殴り飛ばす。
「ぐびゃっ!」
「口ほどにもないな。どうした、こい」
殴り飛ばされた男の勢いをみて、残りの山賊の足が止まる。
脅しをかけた人間が予想外の強さでまごつくなどと、生ぬるい連中だ。
素手のまま構え、手招きをしてやる。
「こっの野郎! よくもこのグリエーズ様を殴ったなぁ!」
殴り飛ばされた男が起き上がり叫ぶ。それと同時に再び周りの男どもが動き出した。
「素手でへし折る馬鹿力だからって、剣を受けられるかよぉ!!」
「見た目に騙される阿呆どもめが、捕らえる石筍」
「ぐわっ!」
手前の一人を魔法で捕らえる。男は無様にころげ、武器から手を離した。
「くそっ魔法使いだ!」
私が魔法使いであることに気づいた男どもが、遠巻きになる。
ゆっくりと視線をやりながら歩き、転がっているファルシオンに手を伸ばす。
「やれやれ、魔法使いと知ると尻込みか。全く、つまらぬ連中だ」
一番近くの男に駆け寄り、握ったファルシオンを振るう。
男はそれを剣で受けようとするも、それだけで互いに手にした剣は砕け散る。
「二人目ぇ!」
ぶん殴り、気絶したのを確認する。
「バカが! 武器無くして魔法使いが接近戦するつもりか!?」
体を地面スレスレまで引き下げ、背後から襲ってきた男の股下を潜る。
そうすれば残るは武器を振り下ろした無防備な背中だ。
「ふっ!」
その無防備な背中から、急所を蹴り上げる。叫び声もあげず、その男は倒れていった。
男とは難儀だな。弱点が丸出しなのだから。
「三人目ぇ!」
残りは二人、予想外の出来事にあたふたとしているのが見てとれる。
倒れた男が離したロングソードをつかみとり、ぶん投げる。
慌てて避けた四人目の男が体勢をくずした。
「四人、目ぇ!」
その隙を逃さず、首に飛び蹴りをかまして意識を刈り取る。
これで後は──
「こっちを見ろぉ!」
その声の方向に目をやれば、馬車の御者台の上にグリエーズと名乗っていた最後の一人が陣取っていた。
「この執事がどうなってもいいのかぁ!」
御者台の上にいた執事の首もとには折れたファルシオンが突きつけられている。
折れているとはいえ、刃は残っているし、折れた所為で尖ってもいる。
着地し、構えていた手を下ろす。
「そうだ、それでいいんだ。てめぇふっざけやがってぇ! もう命はねぇぞ! ぶち犯してからぶっ殺して、もっかい犯してやる!」
やれやれ、そんな直情的な頭をしているから大事な物を見逃すというのにな。
「ぎゃっ!」
「お嬢様のご友人へのその言葉。許せませんな」
一瞬。そう一瞬の間に執事は賊の腕をとり、地面へと投げ飛ばしていた。
男は背中から叩きつけられ、悶絶。御者台の高さはそれなりだ。さぞかし痛いだろう。
「さて、誰が、誰を、どうするって?」
「おごわっ!」
悶えている奴の股間を勢いよく踏みつける。二重の痛み、辛かろうな。
だが容赦はせんぞ?
「捕らえる石筍」
地面に転がった全員を魔法で捕らえる。これでまさに一網打尽だ。
「あ、あの……」
「誰が、誰をどうするって言った?」
「いえ、その……あ、あしをはなせぇ!」
ごりごりと踵の部分で急所を捉えながら、ゆっくりと聞く。
だが男からの返答は懇願だった。
「全く、つまらぬ。せっかくの旅気分が台無しだ」
「さ、アルカ様。淑女たるものがそのような事をしてはいけません。あとはまとめて転がしておけば良いでしょう」
もうちょっと遊ぼうと思っていたが、執事から止められた。
仕方ない、淑女とは気に食わんが、従ってやろう。
馬車に戻れば、執事が手早く山賊どもをまとめ、余っていたロープで縛っていく。
「さ、これでよいでしょう。野営地まで急ぎますよ」
気がつけばだいぶ日は暮れ、空に闇が混じりはじめていた。
「なかなかよい動きだったな執事。名を聞いておこう」
「おや、加護の御子さまからお名前を聞かれるとは光栄の極み。シュティットフェルト家が執事、ローエンと申します」
「ローエンか。歳に似合わぬ素早さであった」
「ほっほ、歳ゆえの老獪というやつですよ」
メーラ、ニャルテ、サラはあんな騒ぎがあったのに眠ったままだ。
そのほうが良かっただろうがな。なにせ下手にさわいで彼女らを人質にされでもしたら。
奴らの命の心配をしなくてはならなくなるからな。
ま、なんてことない。彼女らは知る必要もない。
「ところで、ローエン」
「何でございましょう?」
「何故男は急所を踏まれると発情するのだ?」
「ほっほ、知らぬが花、でございますよ」
なんともやれやれな一幕だった。