邪神ちゃん 求婚される 1
「ふう……」
剣を下ろし一息つく。と同時に、闇色のドレスも剣も、まるで何もなかったかのように宙へと消え去っていった。
「やはり併用では長持ちせんか……」
「アルカちゃん!!!」
「御子さま! ご無事……で……」
音が止まったのを聞きつけて、かメーラとニャルテ、少年がホールへと駆け込んでくる。
ニャルテは無言で涙を流しながら抱きつき。メーラは無事だというのに、私に回復の魔法をかけてくる。
「御子さま! 申し訳ありません! どうかこれを!」
なぜか顔を赤くした少年が、肩につけていたマントを差し出してくる。
「アルカちゃん、今下着のまんまですわ、お借りした方がよろしいかと」
「む、ああそうか。すまないな」
少年からマントを受け取り、身に巻きつける。
「それで、邪神は……」
「なんとか切り払った。とはいえ──」
『ふっふっふ、第二の邪神を辛くも仕留めたわね。でもまだ第三第四の邪神が襲いくるだろ〜』
天上から声が響く。範囲を指定した神託か。全く無駄遣いをする。
「ということだ。安心とはいえぬ」
「ですが、さすがは御子様! 傷は大丈夫ですか! その目の傷は……」
「うむ、なんともないぞ。目の傷は以前のものよ。なんぞ塗って隠しておったが取れただけだ」
しゃべっているうちにどやどやと人が増えていく。
先ほどまで避難していた人間が安全を伝えられ、状況を確認しに戻ってきたのだろう。
「これは……ホールはボロボロですな」
「修繕に一体いくらかかることやら」
「この責任は誰に帰すべきか……」
ぼそぼそとホールを壊した事が遠回しに責められる。
仕方なかろう。そもぶち壊して入ってきたのはトリグウェンだ。
「うつけもの! その様なもの己の命が助かった分、安いと思わぬか!」
最後に入ってきたのは、王座で見かけた王、その人だ。
「王様! しかしですね、この破壊具合は……」
「まだ言うか! よもや場を救った御子に全て負い被せるつもりではなかろうな!」
「い、いえそんなことは……」
多分そのつもりだったのであろうな。叱責された貴族らしい役人は、もみ手をしながらさがっていく。
「大義であった。神の加護を受けた御子、アルカ・セイフォンよ。そなたの力はここに示された」
「死ぬかと思ったがな。まぁとりあえずの難は去っただろう。そちらに怪我や死者などおるまいな」
「アルカ、王様、王様。口調もどってる」
そっとニャルテが耳打ちしてくる。それを聞いてからしまったと思ったが、王はどうやら寛容やらしい。気にする素振りはない。
「口調などどうでもよい。そなたのおかげで死者はでておらぬ。騎士団に怪我人は出ておるが、あやつらはそれも仕事故な」
「なるほど、それはよかった。これで死者が出ておったら私も面目がたたんのでな」
「なに、其方がそこまで背負う必要はない。神の加護を受けた御子などという役割もその細肩には重かろう」
そういって私の肩をぽんと叩く。その手付きは彼の見た目にそぐわず、優しいものだ。
「お父様、お願いしたき儀がございます!」
そんな時、私の背後から声が響く。声の正体は跪いた、マントを貸してくれた少年だ。
お父様、ということは彼は王子か何かであったか。そこそこの位の人間であろうとは思っていたが、よもや王子とはな。
「こんな場でなんだ。後にせよ」
「いいえ、この場でしかできませぬ!」
皆をまとめて去ろうとしていた王の足が止まる。顔を上げた少年の顔は真剣そのものだ。
「そこまで言うなら仕方ない。なんだ、立ち上がり、我が目を見て申してみよ」
王の言葉に従い、少年が立ち上がり、私の隣に並ぶ。
「お父様! 私は、この者を妻に迎えとうございます!」
そう言って、私の手を取り、甲に口付けた。
何を言っておるのだ、こいつは。
「……は?」
それを受けた私の言葉は、大層間抜けに、広間に響いた。