邪神ちゃん おでかけす 3
「思っていてより大荷物になっておりましたわね」
私が亜空庫から荷物を一斉に出すと、メーラが冷や汗を流しながらそう言った。
確かに支給されたサバイバル用品とは別にさらに大きな一山が出来上がっているぐらいだ。
そりゃあティーセットだのお菓子のセットだのなんだのかんだの詰め込めばこうもなるだろう。
「では約束通り、テントの設営や荷物の準備はまかせたぞ。私は魚でもみてこよう」
それを聞いて、初めてメーラの顔に焦りが浮かぶ。
「あ、あの手伝ったり──」
「荷物を全部受け持つことの交換条件だったはずだ。くはははははは、一足先に水と戯れてこようぞ」
呆気にとられるメーラをよそに、鎧と長ズボンを脱ぐと川へ突撃する。
背後からサラの「ズボンはきなさーい!」という声が聞こえるが、濡れたら面倒ではないか。
どうせ誰も見ていないのだから構うまい。
「おうおう、おるわおるわ」
沢の流れに足を踏み込んでみると、想像以上の冷たさに体全体がひんやりする。それに見渡せば淵には結構な数の魚が泳いでおり、これなら夕食に困ることはなさそうだ。
「うーむ、全身を浸けてみたいが後が大変になるのがなぁ……」
岸辺の手頃な石に腰掛け、足で水を遊ぶ。きらきらと輝くそれはまるでガラス細工のようにも見えた。
「邪神であったときには味わえなかった感覚よの。こればかりはあの駄女神に感謝するとしよう」
『だ〜れが駄女神だってー?』
おっと、聞こえておったか。この神託ばかりはこちらから接続する権限はなく、全てあやつの意向次第だからな。
こうやっていらぬ思考も筒抜けになるときもあるというものだ。
『そんな悪い子は審判神に言って、もっと酷い事になるようにしてもらっちゃうらからね!』
「まぁまて落ち着け。そう言うことを言うから駄女神だというのだ。もうちょっと創造神らしく慎みと慈しみをもってだな」
こやつがいうと洒落にならん。審判神は飽くまで審判の神であって、公平の神ではないからな。忖度裁判は確実だ。
しかもあれ以上? この間の失態以上のことが天界に晒されるなどしたら、私はもはや戻れないではないか。
なんとか食い止めるべく言葉を重ねるが、この女神、人の話をなかなか聞く気はないらしい。
『ふーんだ、私が慎みも慈しみも持ってなかったら、今頃邪神ちゃんなんてエッロエロでグッチョグチョな目にあってるんだからね!』
「何をやらかすつもりだったんだお前は!?」
『え〜、裏予定表だとー。あのザメル君に色々されちゃったりー。あの貴族にも色々仕込まれちゃったりとかあったよ?』
「絶対その予定表を使うなよ! 絶対にだ!」
そんな予定表実行されたら、何を破壊してでも逃げ出してやる。邪神の沽券云々以前の問題だ!
頭の中に響く、頭の悪い会話をなんとか振り切りながら視線を川に戻す。
人の手のほとんど入っていないそこは、水も澄み切っており、淵は青黒い水を深くたたえていた。
「やれやれ、なぜに全てを破壊へ導き、全てを振り回すはずの邪神が一番振り回されておるのだ……」
その呟きには、森の鳥の鳴き声しか返ってこない。
足を水につけたまま、ごろりとよこになる。沢の左右で茂った木々がちょうどよく太陽を遮り、じんわりとした暑さと冷たい水が眠気を誘ってくる。
しゃらしゃらとした風の音と、沢の流れる音。全てが意識を外へ外へと運んでいく。
気がつけば私は完全に寝入ってしまっていたのだった。




