邪神ちゃん 勝利す 1
「アルカちゃん!」
駆け寄ってくる人の中で、サラが一際声を上げてやってくる。
どやどやと事態を把握しようとしている他の大人たちとは違い、サラだけが私の手をにぎってくれた。
「一体何があったのかね!」
「ザメルがどこぞで邪神と知り合ってその武器を持ち込んでいたようだ。さっきの黒いのは、まさに黒幕登場といったわけだ」
肩をひっつかんで問うてくる禿頭に、気怠げに答える。
いや悪意はないのだ。ザメルとレ・ロゥを相手にするのに大分力を大盤振る舞いしてしまった。
してしまったというかせざるを得なかったというか。ザメル相手に興が乗っていたのは事実だが、魔法神との戦いはまさに奇跡だった。
あやつがやる気がないのが功をそうした。もし本気でやる気だったならば、早々にこちらの防御を押し切られて魔法でこんがり焼き上げられていたことだろう。
邪神ちゃんの姿焼とかいって神界でネタにされるに違いない。そんなのは真平ごめんだ。
「邪神が……アルガデゾルデが来ていたというのか……」
周囲の大人たちの間で戦慄が走るが、全く的外れだ。アルガデゾルデは今ここにいる。まぁ勘違いさせておいてやろう。
まさか十一の神のうち十が邪神になって遊び回ってるなどと、聞けば卒倒するに違いない。まぁまず信じてはもらえぬだろうがな。
「そ、それで闇が晴れたということは、倒せたのかね!?」
「倒せるわけなかろう。学生だぞ? ご丁重にお帰り願うだけで精一杯だ」
ということにしておこう、なにせこの世界には残り九柱もの邪神が降り注ぐわけだからな。
奴らもそれなりに倫理感は持っているはずだ。急激に変な事をしてくることもあるまい。
私とて、まだまだここで学び、鍛えねばなるまいしな。
それより──
「そろそろ時間切れ、か」
私の体を覆っていた絶望の衣が、ずるずると影の中へと帰っていく。
どうやら絶望の衣やらなんやら、本来の私の装備品は、亜空庫から取り出すにも膨大なマナが必要で、維持にも相当なマナを食うようだ。
邪神時代は気にしたことはなかったが、今のこの身ではセーブして5分前後が限界といったところか。
「せ、先生! 布! 布! ください!」
闇の衣が剥げれば、ザメルの攻撃のおかげで私はほぼ真っ裸だ。図らずも奴の狙いは叶ったわけだな。
とはいえ、今の私は恥じらいという観念を実装している。きっちりと腕でガードだ。
慌てた周囲から何枚かの布が投げつけられ、サラが適宜それで体を隠していく。私は最早されるがまま、だ。
「あーあと、担架でもたのむ」
地面に腰をつけ、項垂れたまま話す。
正直体のほうも対レ・ロゥで酷使しすぎた。
肉体的にというかマナ的に。
普通そうに見えているだろうが、右目はオーバーヒートして既に使い物にならなくなっている。
また、マナ欠乏はひどい倦怠感を催す。今の私はそれだ。最早なにをするにも気怠い。
「ぐっあ──」
そしてオーバーヒートした右目が、ついに耐えきれなくなったのか、ごぼりと眼窩からこぼれ落ちる。
見た目にはシュールだが、溶け落ちた右目はもはや半透明の液体となって地面に染みていく。
サラがそれを見て小さな悲鳴をあげている。驚かすつもりはなかったのだ。すまぬすまぬ。
大枚叩いてかった夜光石でも負荷はここまでか。都度買い換えるか、金剛石に手をだすか、悩ましいところだな。
「つかれた」
言葉とともに、体の重さに任せて横になる。太陽の光はじりじりと鬱陶しいぐらいに私を焼いてくるが、最早体力の限界だった。
遠目には担架を持ってきてくれたのが見てとれるし、ここはしばし目を閉じて休むとしよう。