邪神ちゃん 旅に出る 8
「おい、完全に面に泥を塗られているぞ」
「これは父にも報告が必要……ですね」
だがそんな安全なはずの旅も、すぐに終わった。
日が傾きかけてきた頃、がたがたと揺れながら急に馬車が止まったかと思うと、御者から声がかかる。
「すみません……盗賊です」
複数人の気配が馬車を取り囲んでいたのはすぐにわかった。
少数であったならば、無理やり馬車で走り抜けることもできただろう。
だが、今私達を取り囲んでいるのは相当な数だ。
「人質もいるようです。どうか、お力を……」
この馬車はあくまでも普通の馬車だ。御者も戦闘能力を持つような者ではない。
彼が困惑するのも悪く言うことはできまい。
「私がでましょう。人質の交渉もどうにか──」
「待て待て、そうほいほいと余計に人質になりそうな王子が出て行ってどうする」
リカルドが腰を上げようとしたのを押しとどめる。
この阿呆は、人質交換などと言い出されたらその後をどうするつもりなのだろうか。
こういう場面でふさわしいのは女と相場が決まっているだろう。
「私は知らないわよ。いい時間なんだから、静かにやってね」
ステラは完全に興味がなさそうだ。というよりも彼女は眠気の方が強いようで、一人欠伸をしている。
「まぁここは私に任せろ。うまいことやってやる」
「不安しか残りませんが……万が一の際は出ますからね」
「万が一? 億が一にも可能性はあるまいに」
不安そうなリカルドに笑いかけ、出口の幌に手をかける。
さぁ、愉快痛快盗賊退治と行こうではないか。
◇
ばさりと幌が捲られ、一人の少女が外に出る。
当たりだ。盗賊に身をやつした者達はそう思った。
戦争に駆り出されたものの、得られる物は少なく、手にした武具をもとによりあつまった集団。
それが彼らだった。
王都近くは元々治安は良い部類であったが、逆に穴場にもなっていた。
目だたぬよう、稼ぎは少ないが普通の馬車を襲う。
金持ちや貴族は狙わない。そうすることでいままでなんとか生き延びてきた。
さらにうまい具合に、先日は人質にもなりそうな女も手に入れた。
これを元手にもっと稼ごう、そう思っていた矢先に今回の馬車だ。
降りてきた少女は、武装もしていない。どうみても普通の子供。
黒髪に白い肌。傷物なのか右目には眼帯はしているが、美醜で言えば十二分に美しいといえる。
体つきはまだそこまで育っていないようだが、十分に使える。
そう彼らは考えた。
「よーし、この女を殺されたくなけりゃ、両手を後に回して大人しくしな!」
恐怖に怯えているのか、降りてきた少女は一言も言葉を発しない。
こちらの脅し文句にも素直に従って、両手を後にまわしている。
これほど美味しい獲物はない。
「いいぞぉ。大人しくしてりゃ、痛くしねぇでやるからよ……」
盗賊の一人がほくそ笑んで少女に近づいていく。
これから起こる楽しい時間を想像しているかのように、緩んだ顔で。
だが──
前に出た盗賊が嫌な予感を覚えるのと、少女が割れるようににたりと笑うのは同時だった。
「首を垂れよ」
がくんと膝が折れ、盗賊達の体が地に落ちていく。
「クソが! 魔法使いだ!」
前に出ていた男の背中が少女に踏みつけられる。
スカートから覗き見える白い足に一瞬目が釘付けになるものの、すぐに警戒の声で我を取り戻していった。
幸い最初にかけられた魔法は第三階級のもので、我を保てば立ち直ることも容易だ。
折角の警告を、子供の魔法使い程度に無視された。
その怒りに囚われたのか、離れた位置の盗賊からは矢が放たれ、近い者は剣を取り斬りかかっていく。
「くははははは! この私に! 生優しい攻撃が通じるものか!」
そこから先はまるで悪夢であった。
人質に刃を突き立てようとした男がまず真っ先に吹き飛ばされた。
それも、拳で殴られて。殴られた男は空中で数回転しながら文字通り吹き飛び、木に叩きつけられる。
次に向けられた刃はへし折られ、矢は弾き飛ばされた。
ただの魔法使いのガキじゃない。
そう彼らが認識できた頃には、時既に遅し。
少女はまるで邪神であった頃を取り戻すかの如く、暴虐の嵐となった。
一応殺さないように手心は加えられているものの、あくまでも殺さない程度の話。
それ以外に一才の容赦はない。
盗賊達は殴り、蹴り飛ばされ、はたまた魔法で吹っ飛ばされ、気を失えば水をかけられと、力尽きるまで散々な攻撃に身を晒された。
「く、くそぉ! なんなんだよお!」
「はーはははははは! 愉快! 痛快! 逸楽! 快然!」
盗賊達はもはや、ただただアルカの鬱憤を晴らすための道具として、そこら中を転げ回される羽目になったのであった。




