邪神ちゃん 巻き込まれる 24
「うーむ、これはいかん。いかんな」
兎にも角にも旅路を終えた私は、軍の拠点である城から鉱山に出入りしている敵兵を確認して独りごちた。
「侵攻が早い、ですか?」
それに怯えたように、びくついた声で背後の男が答える。
こやつはこの領地の貴族の息子であり、今現場指揮をとっているカンバルディという名の男だ。
先ほどまではこの者から現状の確認を行なっていたが、現場は彼の認識の数倍マズイ状態だった。
「いや、基本的にはお主の想定通りなのだがな。問題は敵兵の殆どが既に感染済みということなのだ」
遠くからでも魔眼ではっきりとわかる。動いている兵、その大半が端末によって汚染されていることに。
あれに汚染されれば意志は奪われ、指示能力を持つ個体からの命令で壊れるまで動き続ける。
人間が言うには"まるで、ゾンビのよう"らしい。
「普通の人間と違い、壊れるまで何の考慮もしなくてもいい。24時間365日漏れなく壊れるまで動くぞ、あれは」
「それは……恐ろしいですね」
さらに不味いことに、この感染は取り除く手段がない。
一度感染すれば、頭の中を食い尽くされて神経を端末に乗っ取られるのだ。
また、こうなった人間の体液を体内に取り込んでしまうと、同様に感染する。
下手に手出しをしてこちらに感染者が出てしまえば、相当の被害を覚悟するしかない。
何せ感染して発症するまでおおよそ一週間。
それまでの間に何らかの形でその者の体液が体内に入れば、それでも感染するのだ。
「今は向こうは鉱山に執着しておる。下手に会戦せんように、部隊を下げたほうがよいだろうな」
「その……それではまるで臆病者の仕草になるのでは……」
カンバルディは親である貴族は指揮官に向いていないと断言していたが、そんな事はまるでなかった。
むしろ優秀なほどであった。敵戦力の総数の計算と攻勢地点の割り出し、そして人に被害が出ないようにするための策。
私が訪れた時も数多の書類に囲まれ、げっそりとした表情であった。
彼は臆病者と言われていることを大層気にしているようだが、人的被害を抑えるという点では大成功している。
「勇猛果敢と無謀はまた別ものだからな。今下手に接敵してみろ。間違いなく向こうはこちらへ感染者を出すように動くぞ。そうすれば内部から崩壊するのは間違いない」
「では……どのように奴らを追い出しましょう。我が領には魔法使いも然程多くありません。このままではむざむざ奪われるのを眺めているだけに……」
「安心しろ。その為に私がここに呼ばれたのだろう」
今の私はやっと呪詛の影響が抜けて、まさに絶好調。
蟻の如く群れて決まった通りにしか動けない感染者など、ものの数ではない。
まるっとまとめて吹き飛ばしてくれるわ。
「ちなみに坑道の頑丈さはどれくらいなのだ? あとどれくらいまでなら吹き飛ばしても良い?」
「ふ、吹き飛ば……あの、頑丈さは自信ありますが、あまり壊さないでいただけますと……」
「ふむ、できる限りそうしよう。できる限りな。とはいえあれだけわらわらと固まっていると纏めてどかーんとやりたくなるな」
私の言葉にカンバルディは引き攣った笑顔を浮かべるしかできないでいた。
さて、できる限り壊さず相手に甚大な被害を出すにはどうしたものか。
後先を考えなければ魔法神同様空間まるごと圧縮してやってもよいのだが。
まぁ指揮官の意志は尊重しようではないか。
あとは、向こうの指揮をとっている人間と種の持ち主の割り出しだな。
十三騎士の内二人が居ると言っていたから、恐らくそれが指揮を取っているだろう。
そやつらはステラが遭遇した奴のように何がしか特殊な武器なり能力なりを持っていることは容易に想像できる。
可能な限り邪悪の剣でその力を奪ってしまいたいものだ。
そうすれば無力化と同時に私自身の強化もできるのだから。
「まぁまずは小手先調べだ。蟻の巣をつついて何が出てくるか、楽しみだな?」
「子供の頃やりましたね。それで棒を登ってきた蟻に噛まれるまでお約束でしたが」
「くははははは、お主中々言うではないか」
「私としましては、出てくるのが蟻である事を祈るのみです。世の中には藪蛇という言葉もありますので……」
ならばこやつは石橋を叩いて渡るのに三年掛かるというやつだな。
こうして私とカンバルディはわずかに打ち解けて、軽く笑い合うのであった。




