邪神ちゃん 巻き込まれる 19
「こんの大バカがぁ!」
「あいったぁ!」
ボロッボロの格好で戻ってきたステラの頭に拳骨を振り下ろす。
今私が怒っているのは、こやつの現状だ。
見栄を切って出ていって死にかけた上によもやよもやだ、あれ程勧めないといった神との接触と契約を果たしてくるだなんて。
これで怒るなと言う方がおかしいというものだ。
拳を喰らったステラの表情は非常に不満そうではある。
「あっはっはぁ、僕のこと邪険にするからだよ」
「お・ま・え・は! 出ていけ!」
ステラの右腕からは聞き慣れた魔法神の笑い声が響く。
「痛い痛い! ちょっと、引っ張らないでよ!」
彼女の右腕を引っ掴んで魔法神を追い出しにかかる。
しかし、もはやこやつは取り憑いているのではなく、ステラと一体化しているようだ。
私の手を振り払ってステラが苦悶の声を上げる。
「だぁめだめ、邪神ちゃん。僕と彼女は切っても切れない縁なのさ!」
「おのれ、貴様初っ端で追っ払ってやったと思っていたのに……」
「あーんな納得いかないやられ方で終わるわけないじゃん。それにまだ人間の世界を味わいたいしー」
こいつは、恐らく介入するチャンスを虎視眈々と狙っていたのだろう。
しかし、ステラも全く運の悪い奴だ。
神との接触も契約も、本来ならばそうそうできるものではない。
神託とは違って、対価を払って力を得る契約には、もともとの人間にもそれなりの能力が要求される。
それも、それぞれの神に応じた能力がだ。
よりによってステラは魔法に長けていた。魔法神にとっては恰好の餌食だっただろう。
幸いなのは彼女が支払った代償は、魔眼で確認したところ右腕一本。
まぁ自分の右腕がかってに喋る挙句に、主導権を取られているのが幸いかどうかは私にはわからんがな。
「それより、どうにかしてくれない? この手、私の体を摩ったり揉んだりしてきて気味悪いんだけど。これじゃ私がまるで痴女みたいじゃない」
「いやー、僕に無いものがあって羨ましいなって。凄いよ邪神ちゃん。この子結構着痩せするタイプみたいでぽよんぽよんなんだ」
「知るかぁ!」
ステラは乗っ取られている右腕の行動に困り果てているようだ。
今も私の目の前で魔法神の宿った右腕は、彼女の胸を下から服を押さえながら持ち上げて強調しようとしている。
その光景にリカルドはすっと目を逸らしている。こういう所で初な男だな、こやつは。
「まぁでも、空気ぐらいは読むよ。日常生活は邪魔しないさ」
「今の時点で、空気読めなさそうなのがまるわかりなんだけど。それにその口とか目とかどうやって隠せっていうのよ……」
「包帯でも巻いておけば良いだろう。全く、ステラの邪魔だけはするなよ!」
特にあの豚貴族からだけは絶対に隠し通さねばなるまい。
この事を知れば間違いなく喜び勇んでステラをあちこちの戦場へと投入しかねない。
「ええい、私が十全であれば、このような事態などにさせなかったというのに……」
「呪詛を自分の肉体を通じて封じようとするからだよ。あんなの丸めてポイでいいじゃん」
「その丸めてポイの結果が、あれよね」
ステラの視線が窓の外の森へと移る。
明け方の薄明かりに照らされたそれは、ここから見てもわかるぐらい円形に歪んでいる。
魔法神が空間ごと圧縮した結果、その歪みの代償が支払われているのだ。
これから先、余波が収まるまでの長い間この森は歪んだ呪われた森とでもよばれるだろう。
「はい、それでお土産」
「その別空間に物を仕舞える魔法は有難いのだけれども、私の胸元から取り出す必要はあるのかしら……」
勝手に動いたステラの右腕が彼女の胸元に潜っていったかと思えば、そこから小さな黒い塊と手矢を取り出した。
「こうすれば合法的に谷間の感触を味わえるよね。僕って天才!」
「ねぇ邪神。この魔法神、女の子よね? 段々不安になってきたのだけど」
「一応女神だぞ。一応な。ふむ、魔剣の手矢と端末の搾りカスか」
手渡されたそれらを魔眼で確認する。
両方ともあとで邪悪の剣に食わせておけば、何がしか役立つだろう。
「さて、ステラのお陰で中央戦線は持ち直したし、左右の山の方もそろそろ片がつきそうだ」
「やれやれね。とんだ苦労をさせられたわ」
「問題はだ。あと十二カ所も戦場があって、そこに端末の種があるだろう事だな」
「そこは王国の軍に頑張ってほしいところね。私、正直へとへとよ」
椅子に腰掛けたステラが、ぐったりと机に身を横たえる。
いつも澄ましている彼女がここまで弱っているのを見るのは、なかなか堪えるものがあるな。
他の戦場の事もある。なんとかして一刻も早く呪詛の影響を体内から取り除かねば。
「それよりもさ」
今後をどう動いていくかに頭を悩ませ始めた頃、魔法神がふと思い出した様に声を上げる。
「僕のジュースは、どこにあるのかな?」
「戦場にあるわけないじゃない。あんたも、邪神並みにお間抜けね」
魔法神は一体何を求めてここに来たのだろうか。
そんな気の抜けた問いにステラは辛辣に返すと、左の指で右手を軽く弾くのであった。




