邪神ちゃん 巻き込まれる 17
「万象を、この手に」
右手についた口が勝手に知らない魔法を唱える。
それだけで、世界は再び時間という色を取り戻していた。
ならば当然、放たれていた手矢は私に突き刺さるはず。
だが、そんなことは一切なかった。
僅かに突き刺さっていたはずのそれは、まるで時を巻き戻したかのように私のほんの少し前で右手に掴まれていた。
「んな、バカな……」
それには流石のパルドラドも驚きを隠せないようだ。
私だって驚いている。この魔法の手矢は、最低でも貫くと所有者のもとに戻るの二つの能力を有しているはず。
それを、まるで紙を一枚つまみ取るぐらいの気楽さで、右手はつまみ取っているのだ。
それだけで、貫くも戻るも機能させていない。それは筋力からではない。一体どんな術式を使えばこんな事へ至るのか。
私ではまだ想像できない。
「んー、なにこれ。つまんなーい」
かと思えば、私の右腕を乗っ取った魔法神は、私の手を操るとそのガルガンテを心底興味がなさげに放り返した。
彼女にとってきっと、言葉通りつまらないモノだったのだろう。
放物線を描いたそれは、ぽとりとパルドラドの足元に転がる。
「ば、バカかテメェ。せっかくの偶然を無駄にするってのかよ」
「別に、そんなの何回投げても意味ないってばー」
「っ──! 穿てぇ! "ガルガンテ"!!」
決して私が発した言葉ではない。右手のロゥが勝手にしゃべっているのだ。
私自身は未だ全身を苛む痛みと格闘中で、何かする余裕は然程ない。
だというのに、この魔法神は見事にパルドラドを煽ってくれた。
顔を怒らせて青筋を立てた彼が、拾い上げたガルガンテを再び私へと投げつける。
「飛ぶ矢は飛ぶことなし」
くるくると私の魔道具を勝手に取り出した右手が、またもや奇妙な魔法を唱える。
一瞬で展開された魔法陣は見たことがないほど美しく立体的だ。
どれだけ巫山戯ているように見えても、魔法神を自称していただけある。
これだけ馬鹿げた術式、邪神ですら使っていなかった。
「な、何が起きてんだ……」
効果はまるで呪文をそのまま体現したかのようなものだった。
パルドラドと私の中間点あたり、そこで手矢は空中でぴたりと止まってしまっていた。
「駄目だよぉ。投げる武器にはきちんと必中能力の付与と時空系への対策しないと」
防御術式で防いでいる訳ではない。その証拠に手矢の矢先にはなんの魔法反応も起きていないのだ。
それどころか、ただ何事も起こっていないかのようにしかみえない。
しかし、矢が空中で止まるだなんて只事じゃない。
「こんなの一々解説するのめんどいけど、要る?」
「解説するだけの余裕が、あるってわけ?」
「あの矢は僕が許すまで、永遠に進まないよ。戻ることもない」
慌てたパルドラドが空中の矢を掴み、引き戻そうとするがびくともしなかった。
「時間ってのはさ、一瞬の連続さ。でも一瞬を切り抜けば矢は止まってるよね? じゃあ止まってる一瞬が連続したら、その矢はどうなってるんだろうね」
右手の口が言い出したのは、とんでもない事だった。
言っている理屈はわからなくもない。でも現実は放たれた矢は的に向かって飛んでいくもの。
だというのに、目の前の現象はロゥが言うことそのままだ。
あの手矢は、放たれた後の一瞬を切り抜かれて、そのままにされている。
「さ、それじゃ次は何を見せてくれるのかな?」
「へ?」
呆気に取られた声が私とパルドラドの口から漏れる。
「こんな玩具でイキってた訳じゃないよね。他にも色々隠してるんでしょ? 見せてよ、もっと面白いもの」
「お、玩具? 俺の手矢が玩具?」
「ねぇねぇ、早く見せてよ。早く早く早く早く早く!! あはははははははは!」
我が右手ながら、なんとも悍ましいことになったわ。
手首に位置する口のような裂け目からは狂ったような笑い声。
きっとロゥは煽っているわけでもなんでもなく、本気で言っているのだろう。
彼女にとって、私の命を奪いかけていた手矢なんてまともに相手をする必要すらない。
「く、くそ! 何なんだ!」
手矢から手を離したパルドラドが憔悴した様子で私から距離をとる。
「何と言うか、運が悪かったのよ。私も、あんたもね」
徹頭徹尾、これに尽きるだろう。
私もあいつも、神様に目をつけられてしまった。
本当ならば、大層な幸運だと喜ぶだろう。
魔法使いで魔法神と関われるだなんて、至上の光栄だとは思う。
だけど、今こうして接しているからわかる。神様なんてどいつもこいつも、物語に書かれているみたいに綺麗なものじゃない。
もっともっと、恐ろしくて悍ましくて、身の毛もよだつような存在だ。
むしろ本質的には──
「君は鋭いね。僕を盲目的に崇めないのも、魔女として合格だよ」
今までのからからとした鈴のような少女の声とは打って変わって、体の芯を凍らせるような声が右手から響く。
最悪、考えは読まれてる。
「そりゃ繋がってるからね、物理的に」
今になって半分後悔してきたわ。
きっとこれで魔法神と切っても切れない縁ができたってことね。
「お生憎様、概念レベルの武器持ってきても切れないよぉ。良かったね、最強の右腕だよ!」
「ええ、ええ、魔法神さまのご厚情には深く深く感謝いたしますとも。ど畜生め」
「ゎぉ、口悪ーい。でも僕はそんな子が大好きさ! 何なら全身を僕の愛で包んじゃうよ!」
「それは丁重にお断り致します。それより、今のままだと普通に私、死にますけど?」
手矢は封じた。
かといって状況が目覚ましく好転したというわけではない。
この右腕ならば、パルドラドを退かせるのは容易いだろう。
だが、今の私は全身ズタボロ。おまけに矢傷の呪いで治癒の術式の効きが悪い。
放っておけば、血がなくなってお陀仏だ。今だって既に、クラクラし始めている。
右腕を捥がれた挙句に死んでたら、世話はない。
この魔法神さまには、まずはそこをどうにかしていただきたいところね。
「まさか、人の手で大口叩いておいて、治せないなんてないですよね? ほら、早くしてくださいます? 痛いんで」
「いやぁ、今まで会った人間でこうまで僕に辛辣なのは初めてだよ。はいはい、ちちんぷいぷい」
何とか動く左手で急かすように右腕を叩いてやれば、まるで仕方ないといわんばかりに適当な呪文が唱えられる。
たったそれだけで、体を蝕んでいた呪いは浄化され、全ての傷がまるで何も無かったかのように消え去った。
「何独り言ブツブツ言ってんだ! こっちにはまだコレがあるんだからな!」
呆気なく治った体を釈然としない気持ちで立ち上がらせると、パルドラドがこちらへ何かを見せびらかしていた。
黒々とした握り拳半分程度のそれ。一見しただけではちょっと大きい何かの植物の種だと思っただろう。
だけどそこから立ち昇る身がすくむような気配。
あの時感じたものと同じ。
「あるなら早く使わないと。切り札って切ってなんぼだよ。見せるだけなんて子供じゃないんだから」
「ちょ、バカ──!」
この魔法神は、よりにもよってこのタイミングでも煽りを入れてくれた。
その言葉にパルドラドの顔が大きく歪む。
なんとか止めようと駆け出した時にはもう遅かった。
「くそっ、くそっ! 王国万歳!」
パルドラドは大きく叫び天を仰ぐと、手にした種を一口で飲み込んだ。




