邪神ちゃん 巻き込まれる 13
「──敵襲! 敵襲!」
その日の夜中、私たちはけたたましい鐘の音と急を知らせる大声で目を覚ました。
窓から外を見れば、軍勢のものと思しき松明が迫ってきているのが見て取れる。
「言ってた矢先から夜襲とはな」
「取り敢えず急いで出るわよ!」
慌てて装備を整え、砦の中の軍に加わる。
辺りから聞こえてくる噂話では、どうやらファラント王国軍は三方から攻めてきているようだ。
唯一開けている前面はまだしも、まさか無理やり山を抜けて上から攻めてくるとは。
当然警戒線は張っていただろうが、如何様にしてかそれをすりぬけて山上に軍を揃えていたようだ。
山の合間に作られた要塞の構造上、上からの攻撃は非常にまずい。
かといってそちらにかまけていれば正面からの攻撃を抑えきれない。
数の有利性というのは、こうして不利側に回ってみるとよく実感できる。
「おし、ミクリア。競争といこうぜ。どっちが戦績上げるかな」
「ふーん、張り合うんだ。女の子に。負けたら何してもらおっかなぁー」
そんな状況の中もいつもの雰囲気を崩さないクロとミクリアがそれぞれ左右に分かれる。
となれば、私は正面か。
「正面は私がいくわ。あんたはリカルドのお守りでもしてなさいな」
「待て! こやつは一番の戦力と聞く! それを投入して蹂躙してこそ正義であろう!」
「お主一人でどうこうするつもりか。こやつに同意をするわけでは──」
言いかけた私の口をステラの指が押しとどめる。
「ヨラント公、彼女は確かに強力な戦力です。ですがそれは同時に防衛戦力としても優秀だということです」
「何が言いたい! 私の命令には従ってもらうぞ!」
ぎゃんぎゃんと食いついてくる豚貴族にステラが宥めるように話す。
「万が一、三方のどこかが突破された時、王子を守るには絶対の壁が必要です。彼自身も優秀な戦士ですが、王族自ら戦わせるという愚を犯せば……ヨラント公ならおわかりですよね?」
諭しているようで、実質脅している。ステラは本調子ではない私をなんとか戦場に出さずに済むよう、わざわざこんな話をしているのだ。
それがわからぬ私ではない。自分以外を戦場に送り出して、己は高みの見物とは胸糞が悪いと言えるが、彼女の気持ちを無碍にするわけにもいくまい。
「それにお忘れですか? 私は"魔女"。有象無象の軍勢ごとき、余さず塵に致しましょう」
「そ、その言葉に違いはないだろうな!」
「ええ、それによくお考えください。殿下とヨラント公の近くに最高戦力がいる。夜襲の中でもっとも安心できると思いませんか?」
「良いだろう。お前の言を認めてやる。さっさと敵を蹴散らしてくるがいい!」
「公のご高配に感謝致しますわ。それでは」
結果に満足したのか、最高の笑顔を豚貴族に向けると彼女はくるりと踵を返した。
「お前……」
「本調子じゃないのを戦場に立たせて死なれたら、夢見が悪いもの。それにどっちにしても王子の守りは必要でしょ?」
私とは視線を合わさず、嘯く。
今のセリフを口にするのに、彼女がどれだけの勇気と覚悟を要したか。想像に難くない。
「それに言ったでしょ。私は"魔女"だって。先頭に立って無慈悲に蹂躙すれば、その名の恐ろしさで軍を退かせるかもしれないし」
その言葉が意味することはとてつもなく単純だ。
彼女は競技会に臨むにあたって、持ち前の制御の精密さで人死にの出ないラインを見極めて攻撃していた。
爆発は直撃させず、余波を当てる。その他の攻撃術式も掠めたり拘束する程度に留めていた。
魔女と呼ばれながらも、メンバーの中で最も優しかったのが彼女なのだ。
「そう、私は魔女。だから夜の闇の中、向かってくるもの一切合切区別なく、蹂躙するわ」
まるで自分に言い聞かせるように。彼女は僅かに俯きながらそう覚悟を決めた声で呟くと、松明で照らされた夜の空へと一人飛び立っていった。




