邪神ちゃん 巻き込まれる 3
「いいから、観客を早く逃せ。これは──邪神の端末だ」
「VOGYAOOOOOOOO!!」
私が苦々しく吐き捨てるのと同時に、化け物が二度目の産声を上げた。
邪神の端末とは、本来邪神である私が世界に顕現する際の先触れとして世界に落とすものだ。
それは邪神程ではないが脅威となって、世界へ危機を囁く。
「成程成程、それは確かに大事だな」
「お主もゆっくりしておらずに、逃げ──」
私の横に並んだ男の動きは、とてもゆっくりだ。
まるで同い年とは思えないほどの落ち着きと風貌。
一体どういう人生を刻めばそうなるのか。そう言いたい程彼の顔は傷に塗れていた。
だが、今はそのような場合ではない。彼にも避難を促そうとした。
その瞬間、私の視界の外からの一撃を彼は腕を伸ばして軽く防いだ。
「なに、避難誘導は同胞に任せてある。それに此奴の腕の数は黒騎士殿の倍。猫の手位借りてもよかろう」
樹の化け物の攻撃を防ぎながらも、私は内心唸った。
この者、動きはひたすら緩慢に見える。しかし気がつけば手がそこにある。そんな謎の速さを持っていた。
「随分と巨大な猫がいたものだな」
「なぁに、世界には身の丈を超える大きさの猫がいるという。比べれば自分なぞ可愛いものではないか」
互いに邪神の端末の蔦を防ぎながら軽口を叩く。
「しかし、邪神の端末とは空から来るものと聞いていたが、人から生える物なのだな」
「いや、これは……既に落ちていた物を発芽しない程度に分割して持ち合わせていたのだろう」
ファラント王国が何故この世界に落としていないはずの邪神の端末の種を持っているのか。
そして何を企んで事を起こしたのは定かではない。
だが、まずは目の前のこれをどうにかしない事には、かなり面倒な事になる。
邪神の端末が樹の形をしているのは意味がある。その根を地脈へと伸ばし、魔力を吸い上げて疫病の素となる胞子をばら撒くのだ。
これが撒かれてしまえば、その地域一体はお終いといっても間違いない。人々は腐り、そこからまた別の邪神の端末が芽吹いて世界を地獄へと傾ける。
「そうなると、先の王国の者達は……」
「既に腐り落ちて端末の養分であろうな」
「誠に残念である。そして同時に遺憾の意を覚えるな。己の命を使い捨てにするとは」
命を散らした彼らに向けてか、軍服の彼が弔意を示すように目を瞑る。
だが、その間も手は動き続け、端末の蔦を叩き、跳ね退ける。
「それで黒騎士殿。こう防いでばかりでは埒があかぬ。倒し方はご存じで?」
「根本の目立つ位置に宝石のようなコアが──」
彼に急かされて端末の根本に目をやる。
しかし
「ないな」
「はっはっは、ありませんな」
あるはずのコアがない。これは明らかに何らかの手が加えられている。
そう歯噛みをしたところで、端末が不気味に蠢く。
さすれば、粘着質な音を立てて、花の様な部位から更に複数の蔦が生えてくる。
「バカな!」
これは完全に想定外だ。邪神の端末は姿は本来、四つの蔦を花托から生やしているものと決まっている。
しかし目の前のこれはどうだ。不規則に生えた15本の蔦が花から伸び、矢鱈に暴れ回っている。
だが驚いてばかりはいられない。すぐにその蔦はこちらへ一気に襲い来た。
「倶利伽羅不動、三昧耶形」
同時に軍服の男が杖を手に呪を唱える。
さすれば彼の背中からはそれぞれ弓、剣携えた腕が軍服を突き破って生えてきた。
別々に動いたそれらは、私が防ぎ切れなかった蔦を全て弾き、撃ち落としていく。
私はこれにも驚いた。彼が使ったのは、武技の一つの到達点に近いものだ。
普段は必ずふざけ、本気を出すことが決してない戦神の真の姿。
それは三面六臂の鬼王。それを己が身に映し出す高度な武技だ。
当然使いこなすにはかなりの修練が必要になる。何せ本来の自分の身体にない腕が生えるのだ。それらを自在に操るのは至難を極める。
しかし目の前の男は、それを全て当然の如くこなしていた。思った以上の逸人のようだ。
「今のうちに名を聞いておこう」
「そうであるな。自分だけ名を知っているのは不平等。自分はセンガンである」
目を細めたまま、センガンが名を返してくる。
「ぬ、私のことはバレていたのか?」
「左様に。邪神ちゃん、ですな」
「アルカ・セイフォンだ!」
そらっとボケた彼の声に、私は何とか会場に響かないように努力しながら、名を叫ぶのであった。




