邪神ちゃん 巻き込まれる 1
「ほら、口ちゃんと拭きなさい」
「むふぇむ」
次の休みの日、私とステラはファラント王国学術院とグラスト軍学校の大戦を見にきていた。
これで勝った方が我々の次の相手となる。ちょっとした偵察だ。
私はそうそうに出店で焼肉串を買い込んで頬張っている。
しかし、どうやらタレが口周りについてしまったらしい。見かねたステラがハンカチでぐいぐいと拭ってくる。
「この対戦カードは熱い! 騎士対軍人のぶつかり合いだぁ!」
会場はかなりの大盛り上がりだ。アナウンスが言っている通り、今回の対戦は双方ともに未来は国に属する戦士となる者達の戦いになる。
客席から見える控えの場には、片や軍服片や鎧姿の人間が揃っていた。
ここからは顔は見えぬが、双方ともになかなか体格は良さそうだ。
「教令院にはしてやられてたけど、軍学校の連中も良い練度してるわよ」
「ふむ。まぁ物は見てからだ。しかし、どこか不穏な空気を感じるな」
なんと言えば良いのだろうか。えも言われぬ嫌な気配をひしひしと感じるのだ。
「軍学校の方はここで負けたら、後が怖いからじゃない?」
「うーむ、それとはまた違った感じなのだが……」
「気にしすぎよ。国同士が関わってる中で下手やらかせば、戦争になりかねないんだし」
「だと良いのだがなぁ」
しきりに首を捻る私をステラが宥めてくる。
彼女が言うように、この競技会は個人戦ではあるが国同士の威信の掛け合いでもある。
そこで卑劣な手を使えば、その後他国からどのような評価が下されるか予想できるだろう。
「それでは、第一戦目! 選手両者前へ!」
アナウンスの掛け声に合わせて、両方の控えから二人が試合場へ上がる。
「それではクロム選手対ドーマン選手、試合開始ぃ!」
派手に鐘が鳴る。
どちらがどちらかわからぬが、先に動いたのは鎧姿の方であった。
その身に纏った鎧の重さから想像できぬほどの速さで距離を詰めると、軍服姿の男に向けて剣を振るった。
しかし、それで決着がつく程度のわけがない。
軍服姿の方もすぐさま反応すると、背に背負っていた棍を構え、剣を打ち払った。
しばらくの間、両者は互いに打ち合いを繰り広げる。
「んー……」
「今度は何よ?」
「いや、平凡だなぁと」
そう、二人の争いは前評判と異なっていたって普通なものであった。
確かに一般人からすれば洗練された身のこなしではあるが、特筆すべきものがない。
教令院の連中から感じた強さをまったくといって感じないのだ。
特に鎧姿の方。今の所、私が見るに軍服の方がわざと鎧姿の方の強さに合わせているようだ。
マナ量も多いわけでもない。技量もそこまででもない。
これがファラント王国学術院の人員の質だというならば、間違いなく何処の国よりも劣っていると断言できる。
「これじゃ、次の相手は軍学校になりそうね」
ステラの評価も同様のようだ。既に対戦に興味を失ったようで、私の焼肉串を一本横から掻っ攫っていった。
会場も最初の熱はどこへやら。まさかの光景にもはやブーイングすら上がり始めていた。
「あ、終わった」
これ以上引き伸ばしても何もないと思ったのか、軍服の方が一気に畳み掛けて試合は終わった。
ほうほうの体で引き上げていく鎧姿に対して、彼は随分と余裕を残していたようだ。
しかし、騎士の国と言われている割に、試合後の礼すらせぬとはなかなか良い教育を受けているようではないか。
「これに高い金払ってチケット買った人は災難ね」
「それは暗に自分を皮肉ってるのか?」
「そうよ。わざわざあんたの分まで買ったのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
そんなことを言うのであれば、一人分買って一人でくれば良かったのではないだろうか。
「あんた放っておくと、休みの日は部屋に篭ってそうだもの。べ、別にあんたと出かけたかったわけじゃないわよ」
ステラが、私の考えを表情から読み取ったのか慌てて否定してくる。
確かに、彼女からの誘いがなければ私は面倒の主な原因たるクロを避けるべく、部屋に引きこもっていただろう。
そして堕落の限りを費やしていたに違いない。
しかし、部屋でゆっくりと自堕落に過ごすのも良いが、こうしてたまには外をで歩くのも悪くない。
ずっと学園の中で生活していると、見聞を失うからな。
「さて、次は──これまた期待出来そうにないわね」
彼女の言葉に視線を奪われた焼肉串から試合場に戻すと、王国学術院側から次の選手が出てきていた。
遠目に見てもわかるほどの肥満。恐らく鎧は特注レベルだろう。そんな姿の人間が槍を抱えてえっちらおっちらと試合場へと上ってきたのだ。
その動きからして、洗練されているとは言い難い。むしろまともに戦えるのかすら不安になるレベルだ。
「ふむ、それはさておきステラよ。邪神ゲージ1だ」
「ちょっと、何よそれ」
「私から焼肉串を奪ったからな。神の顔も三度まで。3までゲージが貯まると……」
「貯まると?」
私に向けて首を傾げる彼女の肩をがしっと掴む。そうすれば彼女の身体が少し怯えたようにビクッと震える。
「もれなく呼吸すらままならぬほど、全身くまなくくすぐり倒してやろう」
にやりと笑いながら、彼女の耳元で囁く。
そうすれば、ステラはどこまでも冷たい真顔のまま、私の頭に手刀を振り下ろしたのであった。




