邪神ちゃん 疲れ果てる 1
「お、おお? 全員揃って何事だ?」
試合の間にある授業は、ある意味束の間の休息。
そんな中、私はクロ達に呼び止められた。
「私、ここまで屈辱的な扱いされたのは、あんた以来よ……」
ボヤくステラは、クロに首根っこを掴まれて、半ばぶら下げられているような状態であった。
いくらなんでも女性をそんな扱いをするのはいかんと思うぞ、私は。
「止めたのですが……なかなかこうと決めると頑固なようで」
その後でリカルドがクロを宥めながら、困った声をあげる。
ミクリアはその横を不貞腐れた顔でついてきていた。
「コイツだけに色々手間ぁかけるなんて、仲間意識が欠けてんじゃねぇのか?」
「お主から仲間などという言葉が出るとはな」
クロが不機嫌そうなのは、私がステラにだけ特訓をしたことが原因らしい。
抵抗するだけ無駄だと思っているらしきステラは、ここで大きくため息をついた。
「とにかく、私を下ろしなさいよ」
「ちっ」
クロがしぶしぶといった感じでステラの襟から手を離す。
「全く、服が伸びるじゃない」
やっと開放されたステラは、佇まいを整えるとクロのスネに蹴りを入れた。
「あんたは特訓よりも、レディへの扱いを心得るほうが先だわ」
「知るかよ、兎に角だ、俺たちにも何かあってもいいんじゃねぇのか? あ?」
「そう喧嘩腰で来られてもな。ううむ、特訓に付き合うのは構わんのだが……」
別にクロを相手にするだけなら、問題はない。
だが、今の私はそれどころではないのだ。
「正直、疲れておるのでな。今も眠くて眠くて仕方がないのだ」
「ほらぁ、だから言ったじゃん」
恐らくミクリアもクロに無理やり付き合わされたのであろう。
彼女はどこか抜けているように見えるが、意外と常識人なのだ。
「だって授業中も珍しく船漕いでるんだもん、そっとしときなって」
「んなこたぁ俺にゃ関係ねぇな。なんなら前みたいに眠気覚ましに一発いっとくか?」
「あなたはどうしてそう、前のめりになりがちなんですか。訓練だけなら私たちで──」
「そんで次もそこそこ戦って負けるってか? 強くなる手段が目の前にあんのに手を出さねぇ訳がねぇだろ」
クロの気持ちもわからなくはない。
彼自身、善戦はしているものの快勝とは言い難い。
そして、私は彼が強くなる術を知っている。
いつもの私であるならば、全員まとめて相手をしようと言うのだが……
「むぁ……」
「本当に眠そうね」
無意識にあくびが出る。先週の私はもう働き詰めといっていいほどだったのだ。
次の試合までの間くらい、少しはゆっくりとしたい。
何ならもうそこらの木陰で寝たい。流石にそんな事をすればまた寮長あたりにドヤされるのでしないが。
「クロ。飽くまでも我々はお願いする立場にあるということを考えるべきです」
「そうだよ。まだ時間はあるんだしさぁ」
リカルドとミクリアから非難の声が上がる。
クロも流石にリカルドの冷たい笑顔には感じるものがあったのか、ほんの少しその気勢を落とした。
「せねて明日だ明日。頼むから休ませてくれ。さもなくば──」
「さもなくば?」
「学園全体が機能不全になるぐらいに暴れる」
「お、おお……そりゃダメだろう……」
クロが私から半ば本気を感じ取ったのが、少し引く。
冗談ではないぞ。これ以上構ってくるのであれば、本気でやるからな。
少なくとも目の前のクロに裸踊りをさせるぐらいのことはやる。
私の眠気はもう限界なのだ。一時の安寧の為ならば、割と私は容赦しないぞ。
「ちっ、明日ってんなら待ってやるよ」
「クロ、そろそろ態度が過ぎますよ。見ていて、少々不快です」
「不快だぁ? 言ってくれんじゃねぇか、モヤシ野郎がよ」
「ちょっと、やめなさいよ」
ううむ、チームの雰囲気は悪化の一途を辿っていた。
態度の悪いクロの肩をリカルドが掴み、その手をクロがひねり上げようとする。
ここで私が頷いておれば、少しは改善されるのかもしれんのだが。そこまで面倒をみる余裕はない。
クロいは悪いが、宣言通り明日までは待ってもらおう。
「ステラ、とりあえず後は頼んだぞ」
「そこで私に投げるの? 面倒だから私なら爆破するわよ?」
急に話を振られたステラが慌てたような声を上げる。
私はそれを見やることなく、くたびれた体を引きずって部屋へと戻っていったのであった。




