邪神ちゃん 酔いどれの相手をする 7
「この盛り上がりを保ったまま連戦といきたいところですが、試合場修復のため少々時間をいただきます!」
ステラが散々な姿へと変貌した試合場から、溜息を漏らしながら降りてきた。
「少しスッキリしたわ。しっかし何なの。教令院の連中は狂ってるとしか思えないわ」
「まぁ正気かと言われれば怪しいであろうなぁ。恐らく半ば夢心地だろう」
酒神の力は恐ろしい。何せ私ですらある意味抗えないものだったのだから。
まぁ力といえば、どの神も権能の範囲内であれば、私より強いのだが。
私はあくまでも、暴れ壊す程度の権能しか与えられていない。汎用性は私がダントツであるが、他の者はみな、特化型なのだ。
そうこうしているうちに、スタッフであろう魔法使いが試合場を再生成していく。
「デ、デルガロート様。どうしましょう、追い込まれてしまいましたぞ」
「がはははは、何を心配しておる。わしもいればお主も居る。何の問題もなかろう。ほれ、飲め飲め」
向こうでは次の相手が少々不安そうにそわそわしていた。
しかし酒神はそれを気にも留めていないのか、ばんばんと背中を叩くとさらに酒を勧めている。
「あんたの魔道具は絶好調だわ。増幅能力がちょっとピーキーで調整がシビアだけど」
「それは良かった。私も苦労した甲斐があるというもの。その分ここで連勝して私に楽をさせてほしいものだな」
ステラが魔道具をくるくると自身の周りを遊ばせながら、感想を述べる。
結構扱えるか否かギリギリのラインを攻めたのだが、うまく使いこなしているようで何よりだ。
「そうできるといいわね。私も神の力とやらを体感してみたいもの」
「あやつの力は体感せんほんがいいと思うがなぁ……」
私という失敗例があるだけに、あまりおすすめはできん。他の神であれば、紹介ぐらいしてやるのだが。
「はいはーい! それでは修復が終わりましたので、続けますよー!」
さて、いらんことを話している内に試合の準備は整ったらしい。
スタッフが去っていき、その場には試合場の石畳が新しく作り上げられていた。
「ではでは、緊張の副将戦です! 魔女を怒らせた教令院に果たして勝ち目はあるのかぁ!?」
向こうからは、デルガロートにしこたま飲まされたのだろう、よたよたした足つきで相手が試合場へ上がってくる。
なんというか、その姿からはどこか哀愁が漂ってくる。場末の飲み屋の端っこにいる飲んだくれのような見た目だ。
今までの者はどこか魔法使いらしい姿であったが、こやつはどうにも見窄らしい。
服もよれよれだし、髪もぼさぼさ。全くもって強さというものが見えてこない。
「あぁ、乗り気がしません……。せっかく出番なしで飲んでるだけで終わると思ってたのに……」
「どういう心算で競技会に出てんの。ぶっとばすわよ」
本当に、やる気がなさそうに肩を落としながら呟く。不気味だ。
競技会に選ばれるということから、絶対にそれなりの実力者のはずなのだ。
だというのに、私が"ほとんど何も"感じない。
となると、可能性は二つ。数合わせで無理やりねじ込まれたか、私相手に隠蔽ができるほどの術者か。
どちらかと問われれば、後者であろうな。
それはステラも感じ取っているらしい。軽口は叩いているが、どこか慎重に様子を伺っている。
「さぁ、これで天秤は何方へ傾くのか!? ステラ選手対トール選手。試合、開始だぁ!」
「私は研究室でただ飲んで研究できていればよかったのに……」
戦いの火蓋は切って落とされた。
「あらそ、なら今すぐ叩き返してあげるわ」
ぶわりとステラのマナが膨れ上がり、先の対戦同様に複数の術式が宙に浮かぶ。
「でも、勝利の美酒というものもありますから。ええ、頑張りますとも。酒が飲める、飲めるぞ、酒が飲めるぞ」
トールが懐から杯を取り出すと、それをステラへと傾けた。中には何も入っていないようだが──
彼から放たれたマナが波紋のように広がっていく。
それと同時に、ステラが作り上げた幾重もの魔法陣がどんどんと崩れ去っていった。
「あん……た。何を……」
「ああ、こんないたいけな少女を酒の道に誘うことになろうとは」
悲しそうにトールが呟く。彼が使ったのは、手に持った杯を媒介とした浸透の魔法。
魔法使いは、魔法を使う際にマナを媒介として世界と接続される。
そして、厄介なことに彼が持っているのは、それを逆手にとって魔法に感染させる呪い。
本来ならば、展開されたマナから術者への逆流はできない。だが、これだけは別だ。
魔法陣はすべて酒へと変貌し、繋がっている術者のマナに伝わっていく。
そして、ぱたりとステラがその場へと膝をついた。
「おおーっと、コレは何が起きたのかぁ!? ステラ選手、魔法を解いてしまったぁ!」
解いたのではない。すべて酒に変換されて、ステラに還流されてしまったのだ。
結果、彼女は遠目に見てもわかるほどに酔ってしまった。
ぐらぐらと崩れ落ちそうな体を必死に支えているのがわかる。
「あは」
そんな彼女から小さな笑い声が響く。
「あはーははははははははははは!」
「うんうん、やはり酒は楽しくなってナンボです」
ついにステラは体を地面へと投げ出した。そしてそのまま、手で地面をてしてし叩きながら笑い転げている。
トールはそれを満足げに眺めていた。
強さが見えぬと思っていたが、よもや領域外魔法を使用するとは思ってもみなかった。
使用されたマナもごくごく少量。恐ろしいことに、この術式は一滴でも接触すれば、即伝わってしまうようだ。
「んんーふふふふふふふふ」
「ス、ステラ選手ダウーン! カウントが入ります!」
その魔法は、酒神デルガロートの伝播の力によく似ている。彼が酒神を引き寄せたのか、それとも酒神がこの魔法を開花させたのか。
それはわからぬが、厄介な魔法であった。
あのステラですら、一瞬で酔い、地面を転げ回って醜態を晒すほどだ。
しかし、しかしだ。大きな誤算がここで発生していた。
「んへへへへへへへへ、っどーん!」
「あっ」
魔女は、酒癖が悪かった。地面に大の字に広がると、出鱈目に組み上げられた術式が試合場を埋め尽くした。
だが、全て酒へと転換されていた彼女のマナは、物質としてその術式を作ってしまった。
正に浴びるほどの酒。それが巨大な雫となって試合場へと襲いかかった。
「な、何ということでしょうか……! 両者場外、場外です!」
そしてその酒の暴力は、二人を試合場の外へと追い出した。




