邪神ちゃん 酔いどれの相手をする 3
「うっぷ、おえ、無理」
「ま、まぁお主はよくやった」
セ・ラナ教令院との戦いは、黒星から始まった。
酒の匂いが苦手らしいクロは、普段の強みを活かす事ができず早々にギブアップしてしまったのだ。
だが、これで彼を悪く言うことはできまい。正直ここまで伝わってくる匂いは、私にとっても少々辛いものがある。
「っしぇーい! 真理いぇー!」
「いぇー!」
相手側は相変わらず、物凄いテンションの高さだ。その中心となっているのは、明らかに酒神デルガロート。
戻ってきた者にハイタッチをするとすぐに盃を渡している。
「あの〜、私も酔っ払いの相手は遠慮したいなぁって……」
「なんだ、お主も酒の匂いが苦手なのか?」
ミクリアが恐る恐るといった感じで手を上げる。
「うーん……なんかこう、触ってきそうじゃん?」
「安心しろ。全部鎧で隠れておるだろ」
「鎧の上からでも嫌なものは嫌だよぉ……」
「だめだ、だめだ。ほら、行ってこい」
いやいやと私に引っ付いてくるミクリアを引き剥がし、試合場へと押し上げる。
別段、全敗で私に出番が回って来れば圧倒できるとは思うが、体裁もあるしな。
戦わずして負けるのは、さすがにダメだろう。
「さぁ第二戦! 教令院側の快進撃は進むのか!?」
「ううー……」
ミクリアが凄く警戒した雰囲気で猫の様に唸る。
対して相手はというと。
「うへへへへ、さっきは男相手だったからつまらなかったけど、今回はかわい子ちゃんかぁ」
もうなんというか、完全にダメな奴だった。
これが学術の探求の徒であったなどと、誰が信じようか。
ローブ姿に眼鏡をかけ、小脇に魔道具らしき杖を挟んでいるところはまだそれらしい。
しかし、その顔は赤らみ、ミクリアを見て鼻の下が下がっている。これは彼女の心配が的中してしまったようだな。
「ちち、しり……太もも……全部隠してんじゃねーよ!」
「ひぃっ」
だが、彼女の装備を見て、涙を流さんばかりの叫びを上げる。
ううむ、酔っ払いの男がこれまで恐ろしいものとは、私も想像しておらなんだ。
そんな様をみてミクリアは小さく悲鳴をあげる。もう完全に怯えてしまっているようだ。
「ここここここ。これダメなやつ、ダメなやつぅ!」
「舞台上は謎の盛り上がりをしておりますが、ここでミクリア選手対トラムトロス選手、試合開始だぁ!」
こちらに涙目で訴えてくるミクリア。しかし無常にも戦端は開かれた。
「どっかいけー!」
即断即効、ミクリアはやぶれかぶれと言わんばかりに目の前の男に向けてハルバードを振り回した。
酔ってふらふらしている相手はそれを避ける様子がない。
しかし──
「うなじ、くんかくんか」
「ひいいいいいい!」
ミクリアの攻撃が貫いたのは、残像。
トラムトロスは見た目にそぐわぬ速さで攻撃をよけ、彼女の背後に回り込んでいた。
そのまま言葉通り、ミクリアの首筋に鼻を当てて、その香りを吸い込んでいるようだ。
これには私もドン引きだ。
ミクリアはその異様に悲鳴をあげて、再びハルバードを振り回す。
しかし、普段と違って精彩を欠いたその攻撃が彼を捉えることはなかった。
「やっぱり、鎧が邪魔だなぁ」
「うううううう、これ斬っても正当防衛だよね、だよね!?」
ミクリアが首筋を押さえながら、唸りをあげる。
そしてトラムトロスはというと、彼女の背後から姿を消し、一旦離れた所に立っていた。
ゆらゆらと体を揺らしながら、何か考えるような仕草をしている。
「よし、脱がそう」
先ほどまで杖を脇に挟んだまま余裕そうにしていた彼が、決意を決めたように杖を構える。
「っしぇー!」
私も見たことがない、謎の魔法陣が彼の杖先から発動する。
ミクリアも何かの攻撃術式かと思ったようだ、咄嗟に防御を固めていた。
しかし──
「へ?」
何も、起こらない。マナが空気中にただ霧散してく。そう思った時だ。
がらんと音を立てて、彼女の脚甲が地面に転がった。
「おおっと、これは!?ミクリア選手の鎧が脱げたぁ!全身甲冑から覗く白い肌!男性諸君!これがフェチズムです!」
「ふぉー! ナイス太もも!」
「っぎゃー! 変態! 変態いいい!」
ミクリアの鎧の下は、結構な薄着だったらしい。鎧が外れることで眩しい白色の太ももが、姿を表す。
そしてその様によって会場はかなりの大盛り上がりを見せた。
彼女は必死で鎧を拾い、付け直そうとしている。
しかし、先の魔法は繋ぎ目を壊しているのか、再び纏う事は叶わないようだった。
「どうだ! これが我が真理、脱衣術式!」
トラムトロステが勝ち誇って叫ぶ。
「ねぇ、邪神。真理って何だったかしら」
「私に言われてもな……。そもそもこんな魔法何に使うのだ」
何を探求してどうなれば、その魔法を開発する経緯に至るのか。
私には全く想像できない。
彼が元からそういう事を願っていたのか、それとも酒神によってねじ曲がったのか。
神のみぞ知ると言いたいが、神ですらわからんだろうな、これは。願わくば、創造神がこの魔法を把握していないことだ。
「つぅぎぃはぁ、そこぉ!」
「避けるもん!」
ミクリアは先ほど、防御の為に立ち止まってしまっていた。
だが、今度はそうはいかない。トラムトロステが杖で指す先から早々に逃げ出していた。
「ふへへへへ、騙されたな!」
ところが、彼の狙いは違った。酔っているにも関わらず、精巧なフェイントをかけて彼女の背後に回り込んでいた。
そして、そのまま構えの為に開いていた彼女の脚の間に頭を入れ、太ももを撫で回す。
「いいいいいいやああああああ!」
「良い張りに手触り! 健康的でグッド!」
悲鳴と共にハルバードがやたらめったらに振り回される。
しかし、次の瞬間には彼はまた離れたところで杖を小脇に抱えて立っていた。
「我が真理はここに至れりぃ!」
トラムトロステが妙なポーズでぱちんと指を鳴らす。
同時に、今度はミクリアの腰を覆っていた鎧が犠牲になった。
これで彼女の下半身は、短パン姿。よりにもよって丈が短いせいで、結構見た目が際どい。
「やああああだあああああ!」
「流石にちょっとかわいそうになってきたわ」
ステラが悲鳴をあげるミクリアに憐れみの声を上げる。
確かに衆目の中でこれは恥ずかしかろう。
何せ下着ではないとはいえ、普段はスカートの下の部分だからな。
とはいえ、これは試合。ここで退けば恥の上に負けだ。
それは彼女も分かりきっていることだろう。
ミクリアは怨み千万といった視線でトラムトロステを睨むと、彼に向かって勢いよく切り込んでいった。




