邪神ちゃん 特訓をつける 2
「では先に人類最高到達点たる第七階級の魔法をここに示そう」
「──は?」
「星よ、降り落ちよ」
私の言葉に応じて閃光と爆裂音が辺りを支配する。行使したのは、天に瞬く星を大地に引き寄せる魔法。
これはそうそう使うような魔法ではない。大体の生き物には確実にオーバーキルになる一撃だ。
この魔法が優秀なのは、その影響範囲。なのでこれを使う場面というのは対軍隊といったところか。
今も防護術式で覆いはしたが、ステラはその衝撃波でごろごろと転がっていってしまった。
「げっほ……ちょっとこういうの唐突にやるの、やめてよね」
「すまんすまん。だが良いものを見れただろう?」
頭などをぶつけはしていないようだ。ステラが服についた埃を払いつつ文句を言う。
その表情は呆気が半分と怒気が半分ぐらいだろうか。なんとも言えない顔をしている。
「気軽に人類の常識ぶち破ってくの、なんなの?」
「元邪神、だからな。魔法神を除けば、随一の魔法使いであった自信がある」
第七階級など、まだまだ山半分。この上には第九階級までが存在し、さらにその上に神域魔法もあるのだ。
となれば、第五階級は山の登山口といえるだろう。
彼女にはこれから登ってもらわねばならぬ。
「今の術式はな、構造は至極単純なのだ。空に浮かぶ星にも近くにあるのや遠くにあるもの、氷でできたものなどいろいろあってな」
「ちょっと待って、本気でついていけない。星はわかるけど、そんな遠くにあるようなのにどうやって交渉するのよ」
「気合いだ」
彼女の質問に答える私の言葉はこれだけだ。この術式、使うだけならばそれほど難易度が高いわけではない。
ではなぜ第七階級に指定されているのか。それは空の果てに浮かぶ星の内、自らの用途に合うものを捉え、落としてくる。その一連の術式が面倒なのだ。
空の果てというのは、誰もが思っているよりも広い。その中で要求を満たせる星をいつでも落とせるかといとそうもいかない。
つまりこの魔法を使う術者は、常に天体の位置に気を配り、ストックしておく必要がある。
あとは初動と落下天への制御をしてやれば、この魔法は成立する。
実にエコノミーな魔法なのだ。
「荒地に穴できるんですけど……」
「まぁその程度に収めたからな。それでどうだ? 第七階級という限界点の魔法を見た気分は」
「最っ低に最高ね。私が地面を埃といっしょに転げ回ったのなんて何年ぶりかしら」
「貴重な経験ができてよかったではないか。では、次はステラの番だな」
「──は?」
ステラの目の前に分厚い本を3冊だしてやる。一冊の厚さは人を殺せる程度。
新しい魔法、そのうえ階級が上の魔法を覚えるには手っ取り早い方法が二つある。
当該魔法を防ぎ突けるか、打ち続けるかだ。
「早く決めろよ。遅ければ私の気分次第で星落とすからな」
「人生最悪の脅し文句なんだけど……ええ、やるっきゃないわね」
頭を振って何かを振り払ったのかステラが魔法を展開し始める。
それはいままでの精密にコンパクトに作り上げた魔法ではなく、私の星落としに至るために工夫した術式だ。
さすがに知恵も魔女と呼ばれるだけあったらしい。あの一瞬の魔法発動で、大まかな術式を彼女は掴んでいた。
「ぐう……なにこれ、すっごいマナ持ってかれるんだけど」
「そりゃそうだろう。引き寄せの魔法は対象物の大きさと距離で負担が変わるだろ?」
私のその言葉にステラはゾッとしたものを感じたらしい。
「へ、じゃ小さめの天体で世界におっことすぐらいってなると……」
「緻密に編んで避けなマナ消費を避ける方がよいだろうな。大まかな運行ラインを決めて、あとはどかーん」
「なんて雑な……もうちょっと敵にぶつけるための角度だとか、回転をつけるとか色々とあるでしょうに」
「多少の部分は誤差よ誤差。目視できてから制御すればよい。何から何まで術式で制御しようするから、限界が見えるのだ」
多少なりとも過去に第六や第七階級を使った魔法使いたちは、おのずとどこで手抜きをすればいいかをよく考えていた。
なにせ何時ぞやの世界では既に滅びに傾いてしまった世界が私に一矢報いるためにと月をまるごと落としてきたことがあった
その時の術式は実に精妙であった。星落としの術式とはそこまえのポテンシャルを潜めているものなのだ。
「さぁ体感できたら実感だ。ステラよ。ぶちかますがよい」
「ぶちかますがよいって、私の頭の中の警鐘がこれまでないぐらい鳴っているんだけど」
「そんなもの、骨董品屋にでも放り込んでおけ! 術式は見たな! お前ならできるはずだ!」
「さすが邪神ね、遠慮とか容赦とか順番だててとかそういうの一才ないんだから! 「
きぃきぃと金切り声で文句を言いながらもステラが術式を練り始める。
まだ慣れていないが'故に速度は落としめ。
「存外お主、ビビりよの」
「うっさいわね! でっかいのにこられたらこまるでしょうが!」
彼女が引き寄せようとしている星はほんの小さなものだ。大地に届くころには握り拳大ぐらいになっているだろう。
まぁ星の捕獲、引き寄せまではうまくできているのだ。そこは合格としよう。
だが──
「あれ? なんで? 変な方向に飛んでったり、消えたりするんだけど」
「世界の構造というのは複雑だ。水に石を投げ込むのと同じように、空より石を落とすにも影響がかかる。角度がちがえば弾かれるし、小さければ燃え尽きよう」
この魔法が大規模術式である理由の一つはそれだ。ただ捕まえて引っ張ってくる、ではだめなのだ。
適正な角度で適正な大きさの石を確実に目標地に叩きつける。それだけリアルタイムな術式制御が必要なのだ。
「ほれ、悠長なこと言ってるよ、ほーらきたぞ!」
私が継続して展開していた二発目が地面に着弾する。此度もステラは悲鳴を上げながらどこかへと転がって消えていった。
「この魔法、こういう世界系の術式の内部でないとろくに使えんからなぁ。派手でいいだろう、派手で!」
「ぺっぺ……砂でじゃりじゃりだわ。で、あんたこんな大規模破壊の魔法を試合で使うわけ?」
「そんな訳なかろう。これは対軍魔法だ。よしんば使えるとしたら、私が国を追われ兵と相対した時だろうな」
「第七階級を体験できるのはいいけど、使い道なさすぎじゃない! 試合で使えるようなのを教えてよ」
試合で使えるもの、試合で使えるものかぁ。魔法の階級は上がれば上がるほど、原則派手になっていく。
簡単に言えば、気楽なつもりで使ったが最後、王都のスタジアムが人員もろとも消滅となりかねん。
たしかにそれは悪手だ。
「うーむ、程よい火力となると、私正直苦手なんだよなぁ」
「自然系の術式で何かないの? ずどーんとできるやつ」
「あ、あるにはあるぞ。こう、震天動地!」
足裏に術式を展開、そのまま地面に叩きつける。すると偽りの世界であるはずのここも、大きく揺れ動いた。
「どうだ。範囲を絞った地震の術式だ。岩系の術式を他にも組み込めば、地割れや土筍などで追撃もできるだろう」
「私が習ってきた中では第六や第七魔法は天変地異から人を救うって書いてあったんだけど……」
「その天変地異を起こすのもまた、高位階級の魔法よ。さぁ編み方はこれで見せただろう。大きく外枠をつくって中に詰め込むんだ」
私の言葉にぶつくさ言いながらも、ステラが練習に戻っていく。今までの癖の真逆の術式の編み方に難儀しているらしい。
しかし彼女も魔女と称えられるほどのもの。しばらく練習した後にはコツを掴んだのか、小規模ながら成功するようになってきた。
「ほんとに思いっきりで第五階級以上が使えるだなんて……なんだか虚しいわ」
「だがコツは掴んだだろう。他の低位の魔法もこれで応用してやれば、十二分な威力に早変わりだ」
「そこんところは、礼をいうわ。本当なら自分の位階の上げ方なんて秘密なのに」
「なに、礼をいうのはまだ早い」
「へ?」
「攻撃系の術式のコツを掴んだのならば、次は防御系を覚えねばな?」
私の両手に煌々と炎が燃え上がる。それを見たステラの表情は引き攣っていてい笑っていない。
「まさかそれ打ち込んでくるつもりじゃないでしょうね!」
「安心しろ、直撃でも死なん。だが痛みはあるからな。頑張って防ぐとよいぞ」
「やってられるかあああ!」
私の返しが気に食わなかったのか、突如ステラは空に向けて脱走した。だが──
「え? あれ? これ空偽物!?」
「世界の広さすべてを再現はできんからな。コストカットできるところはしてあるのだ」
逃げるステラに追いかける私。そしてそのステラを襲うのは私が使う嫌がらせの如き多種多様の術式。
ステラは結局かなり長い間悲鳴と罵声を上げながらそこら中を飛び回ることで逃げ、そして時には叩きのめされていたのだった。




