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邪神さん 邪神ちゃんに 転生す  作者: 矢筈
邪神ちゃん 少女編
122/208

邪神ちゃん 龍と戯れる 3

「いたいいたい、いーたーいー!」

「ええい、喚くな動くな! 抜きにくいだろうが!」

 

 場所を移して近くの岩礁で、私はリナウナブの牙を抜きにかかった。

 しかし、何ともやりにくい。ばちゃばちゃと海面で暴れるせいで、再び私はびしょ濡れだ。

 

「ふん!」

「あ゛ー!」

 

 往生の悪いリナウナブを押さえつけ、力一杯牙を引っこ抜く。そうすれば、一段と大きい叫びが響き渡った。

 取れたのは、牙の中でも一番大きく、マナが篭っているものだ。

 抜いた痕からじわじわ血が滲むのを、治癒の術式で抑えてやる。

 

「うう、痛いわ……」

 

 それはそうだろうな。私とて、自分の歯が抜かれるとなると……ゾッとする。

 さておき、抜いた歯をしまってリナウナブに向き直る。

 

「悪いことをしたとは思うぞ。だがまぁ煮物にしなかっただけ有難いと思ってほしいな」

「龍をとっ捕まえて煮ようって考えてるほうがどうかしてるわよ」

 

 不貞腐れたような声でリナウナブが尾鰭で水をかけてくる。まぁ非難は甘んじて受けようではないか。

 それにしても、塩水というのはどうしてこうベタベタするのだろうか。天気が良いため、濡れたはしから乾いていく分、余計にその不快感が強い。

 

「こんな事なら近づかなきゃよかったわ!」

「だから悪かったと言っておろう。用意できる対価なら何とかするが……」

 

 岩礁の上に綺麗に乗っかっている形のリナウナブは未だお冠だ。宥めてみるものの、ばしゃばしゃと水を掻き立てるのみ。

 

「それなら今から友達のイカ達連れてくるから、絡みをみせなさいよ! こう、ねっちょりと!」

「まだ言うか!」

 

 そして、一連の流れで全然懲りてはいないらしい。再び私に絡みを要求してきた。

 あの時は大洋神と太陽神が相手だったからまだしも、イカを相手とは流石に背筋が冷えるものがある。

 

「そもそも、それの何が良いのだ……」

「美少女に触手ってだけでこう、滾るものがあるじゃない。あーあ、私も触手が生えてたらなぁ」

 

 残念そうに自分の尾を眺めるリナウナブ。ううむ、こやつに触手が生えておったらやたらめったら船で女を襲ってそうだな。

 

「お主も女であろうに。楽しいのか?」

「何いってるのよ。私、オスよ」

 

 ここにきて、また驚きの事実が明かされる。声やしゃべりからして女性体であると思っていたのだが……

 世界は不思議に満ちているということを、改めて思い知らされる。

 というか、ここまで特徴的な存在なのにその事実が文献に残っておらんとは。見聞きした人間もそこを意図的に隠したのだろうか。

 確かにこれでマナが検知できていなかったら、龍といわれても信じられんかもしれぬ。

 女性のような細っこい声で女言葉で喋る、見た目とてつもなくでっかいオスの鮫ときたものだ。

 これで一番マシと言われるのだから、今後のことを考えると頭が痛くなるな。

 

「ま、いいわ。勝負ふっかけて負けたのは私だし。どうせいつかは抜ける歯だもの」

 

 リナウナブがふすんという鼻息と共に、諦めた声で呟く。

 

「それより、あんた何なの? 今まで人間には沢山会ってきたけど、あそこまで力技ぶちこんできたのはいなかったわよ」

「ん? 私か? ふん、"元"邪神だ」

 

 私が正体を明かすと、彼、彼でいいのだろうか、は胸鰭を口に手をあてて首を傾げる。

 鮫だけに表情は見えないものの、なかなか芸が細かい。

 

「邪神って12神(アルコーン)の?」

「そうだ。よく12神(アルコーン)などと海で知っておるな」

「そりゃあ昔から船歌とかで聞くし、吟遊詩人の語りを聞いたことがあるもの。それに海に生きるモノとして大洋神さまと繋がりはあるし」

 

 言われてみれば、その通りだ。大海を統べる龍たるもの、大洋神と関わりがあってもおかしくはない。

 

「でも、邪神さまって確か男神よね。あれ?」

「……まぁ色々あったのだ」

「何よそれ、余計クるものがあるじゃない。やっぱり触手と絡んでみない?」

「しつこいな。よっぽど煮物になりたいのか? それとも丸焼きがいいか?」

 

 睨みながら脅すと、リナウナブは両方の胸鰭で口を塞ぐ仕草をする。

 

「やだもう。そんな事いうと、海辺でなまこふんずけて転ぶ呪いかけるわよ」

「なんだその地味な嫌がらせは……」

 

 果たしてそんな術式が存在するのだろうか。いや、神の手綱から外れている龍が扱う魔法だ。変なものがあってもおかしくはない。

 海に近づかなければ良いのかもしれぬが、そんな奇妙な術式をかけられているという可能性だけでも気分が悪くなりそうだ。

 

「私とて好きでこの姿なわけではないのだ」

「あら、私はとても良いと思うわよ。少なくとも、見た目だけなら今まで見てきた人間の女で五指に入るわね」

 

 五指、とはいうがお前の手はヒレで一本ではないか。と口に出かかったが、ぐっと飲み込む。

 一応賞賛はしてくれている、のだろう。そこはありがたく受け取っておこう。

 

「でも見た目だけね。凶暴すぎるもの」

「悪かったな、凶暴で」

 

 どうせその様な評価だろうと思っておったわ。

 別に女として大成したいわけではないから別に構わんが……

 凶暴とまで言われると、少々反省をせねばならんと考えてしまう。

 

「もうちょっと女性らしさを学ぶと良いと思うわ」

 

 まさかの鮫に説かれるとは思ってもみなんだ。

 しかし女性らしさと言われても困る。何をどうすればというのもあるし、仮にサラ達のように振る舞う自分を考えると──

 いや、そんな事を考えたところで何か得するわけでもあるまい。

 頭に浮かんだ姿を振り払い、考えを切り替える。

 

「さて、私は他の龍にも会わねばならぬ。そろそろ失礼しよう」

「あらやだ、強欲ね。でもあのバカも何か剥ぎ取られるって思えば気分いいわ」

「どやつかを知っておるのか?」

「空飛んでるバカの事ならね。あいつ獲物と私の区別も付いてないのよ」

 

 ほう、そうなると次の相手は大空の龍が良いかな。あとは海よりも広い空でどうやって其奴に会うかだが。

 そう思考を巡らせたとき、視界が一気に暗くなる。

 同時にばさりという大きな羽音、そして──

 

「っあ゛ーー! このバカー!」

 

 リナウナブの今までで一番大きな叫び声。

 突然巻き起こった風に、何が起こったのかと空を見上げれば、彼が宙を舞っていた。

 いや正確には四足に翼、そして爬虫類を思わせる鱗姿の存在がリナウナブを掴んで空を飛んでいたのだ。


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