邪神ちゃん 試合へ挑む 3
「ぎりぎりの戦いだったではないか」
「うっせぇな。次も勝てば良いんだろうが」
戻ってきたクロに苦言を呈してやると、彼は不満げに私を追い払った。軽く言ってのけてはいるものの、彼のダメージはそこそこ蓄積している。果たして2連勝できるものだろうか。
「さぁ初戦から盛り上がって参りました! 次戦、続いてクロ選手対クラスタフ・コロタント選手です!」
「もう一丁──」
「えいっ!」
アナウンスが入り、クロが試合場へあがろうとしたその時、なんとミクリアが背後から彼をハルバードの棒部分でぶっ叩いた。横合いに吹き飛ぶクロ。気絶したのか、動く気配がない。
「おおっと! 仲間割れか!? クロ選手、仲間に吹っ飛ばされたぁ!」
「何してるのよ!」
ステラがそのミクリアを大声で咎める。それは当然だ。クロだって予想だにしていなかったに違いない。
「えー、クロぼろぼろだったし。負けカウント入るより吹っ飛ばしたほうがいいかなって」
「どういう考えをすればそのような結論に行き着くのだ……」
対してミクリアには悪びれた態度はない。平然とそれが最良の手段であったかのように宣った。確かに負けカウントで私と競っていたが……、これも負けとカウントしても良いのではないか?
「というわけで、いってきまーす!」
「ええ……何この事態……。とりあえず、クロ選手に変わりまして、紅一点の美女ミクリア・テローネ選手です!」
ミクリアが私らが止める間もなく、フィールドへ上がる。こやつ、自分で別名をそのようなモノにするとは度胸があるというかなんというか。
対戦相手の男もどこか困惑したような素振りだ。
「よっろしくー!」
「あ、ああ……」
ミクリアの相手は、先ほどとは打って変わって細身の男だ。だが、彼も軽装で服の上からは鍛え上げられた筋肉が感じられる。
とはいえ、先ほどの女傑と比べると一回りも二回りも小さく思えるのだが、実力は如何程のものだろうか。
「想定外に進んだカード! それでは試合──開始ぃ!」
再び鐘が鳴る。轟音と共にしかけたのはミクリアだ。全力を乗せたハルバードがクラスタフに向けて振り下ろされる。
男は避ける雰囲気すら見せない。そして金属と石とがぶつかる耳触りな音が響き渡った。
「あっれぇ?」
「いきなりなご挨拶があったもんだ」
男は一歩も動いていない。ただ、拳でハルバードの横合いを押さえ、進行方向をずらしたのだ。
その拳につけられた武器は、ジャマダハル。なかなか珍しい武器を持ち出してきたものだ。
「そんな大振りじゃ、何も仕留められねぇよ、お嬢ちゃん」
「やってみなきゃ、わかんないじゃん!」
ミクリアが挑発する彼の言葉に乗せられ、横合いからクラスタフに向けて武器を振るう。
だが、これも不発。そこに男の姿はなかった。
「遅い遅い。眠くなるくらいだ」
彼の姿があったのは、なんとミクリアのハルバードの上だ。咄嗟に飛び乗ったのであろうが、恐るべきはその素早さと判断力。そしてミクリアに重さを感じさせない異常さだ。
「うっわ、気持ちわるぅ」
「おっと」
すぐに気づいたミクリアが振り払えば、彼は軽い足取りで飛び上がり、地面へと舞い戻る。
その際も足音一つしない。
「気持ち悪いとは心外だな。お嬢ちゃん、もうちょっと──」
「えいっ!」
クラスタフの言葉の途中で、ミクリアが突きを繰り出す。これも当たらない。彼は半歩その場から身をずらすだけで、それを避けてみせた。
「話の途中で攻撃とは、美女とは言え──」
「そおい!」
「聞く気はなしか!」
更に畳み掛けるミクリア。どうやら彼女はクラスタフの言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。
「紫電一閃」
「あいたぁ!」
彼がついに本気を出す。雷を纏うと共に、視界から消えるほどのスピードでミクリアに襲い掛かる。
その一撃は綺麗に彼女の首筋を捉えていた。幸いなのは、そこまでも鎧でカバーされていたことだろうか。
だが、雷を纏った攻撃の衝撃はさすがのものだったらしい。首筋を抑えて飛び下がっていた。
「びりびりしたんですけどぉ」
「今のでびりびりで済むのかよ……」
涙目で文句をいうミクリア。対して彼は今の一撃に自信があったらしい。彼女の反応に苦々しいかをしている。
「もう怒ったかんね! ジャグレチャフ!」
ミクリアの怒りの声と共に、彼女の鎧が剥がれ落ち、手にしていたハルバードへと組み合わさっていく。
「あんのおバカ……」
ステラが切り札の一枚を早々に切ったことに思わず呆れた声を漏らす。そう、ミクリアのハルバードは魔剣の一種。
彼女が言うには、3つの形態があるらしい。そして今はそのうちの一つ、大斧へと姿を変えていた。
「よぉいしょお!」
大きな風切り音と共に、その大斧が振るわれる。今までよりもさらに大振りでスピードが落ちた攻撃だ。
当然、クラスタフは余裕を持って躱していた。だが、そんな彼の顔が驚愕にそまる。
「へへ、もーらいっ」
それもそのはず。彼が纏っていた紫電が全てミクリアの斧へと吸われていたのだ。見ていた限り、あの大斧の能力はどうやら近場の魔法を食うといったものらしい。
厄介なのはそれだけではない。その術式を喰らったことで、ミクリアのスピードも格段に上昇していたのだ。
先ほどまでとは比べものにならないほどのスピードで繰り出される斧。それがまさに刃の嵐とも言えるような勢いでクラスタフに襲い掛かる。
「嘘だろお!」
「魔法はぜーんぶ貰っちゃうもんね!」
彼は更に術式を自分へと重ねようとするが、それは全てミクリアの大斧に吸われていってしまう。それを受けてさらに彼女は加速し、力強くなっていく。
「なんてな」
すっとぼけたようなクラスタフの声。
それと同時にもはや嵐となっていたミクリアが、くるくる回りながら唐突に倒れた。そのまま彼女はピクリとも動かない。
「おおっと! ミクリア選手ダウン! 何があったのかぁ! カウントが入ります!」
「やっぱ何事もこれぐらいにスマートにやらないとな」
クラスタフが頭の後で腕を組み、余裕そうにミクリアを眺める。
「何が起こったわけ?」
彼がしたことは単純至極。魔法を使わず、高速で接近して首筋を叩いて気絶させただけだ。
自前のステータスのみで、強化したクロ並の速度。その速さはステラでは捉えきれなかったらしい。不思議そうに見つめている。
会場も何が起こったのかわかっていないらしい。しんと静まり返ってしまった。
「なに、物理で思いっきり殴っただけだ」
「とことん脳筋なのね……」
ステラに解説してやれば、彼女の表情は再び呆れに染まってしまった。それもそうだろう。クロを退かしてまで無理やり出た挙句、転がっているのだから。
「10カウントォ! これでお互い一勝一敗! 熱い! 今年も熱いぞぉ!」
カウント終了の鐘が鳴り、試合が終わった
医務班がミクリアを回収していく。全く、何をやっておるのやら。
「……いやぁ、これは責任重大になりましたね」
そんな状況の中、リカルドが苦々しく呟く。
「そうね。殿下が勝つか負けるかで大きく変わるわね。で、勝てそうなのかしら」
「ご期待いただいて良いと思いますよ」
嫌味のようにステラが返すが、彼も負ける気はさらさらないらしい。盾と剣をとった彼が前に一歩出る。
「お荷物王子なりの意地というものを見せてさしあげましょう」
全身を銀色に光らせ、リカルドは自信満々にそう言った。




