邪神ちゃん 準備する 1
「勉強とは、なかなか苦労するものよなぁ」
寄宿舎の部屋の中、机に教科書を広げて独言る。色々巻き込まれたり遊んだりしてはいるものの、本分は学生。
夏の長期休みもそろそろ終わり、テストが待ち構えているのだ。勿論私にとって余裕があるものであることは言うまでもない。
が、私が得意なのは飽くまでも魔法や武術。歴史やこまごまとしたこの世界特有の学問には詳しくないのだ。
特に歴史は苦手だな。人名やら何やらがたくさん文面に踊っているだけで読む気が失せる。
もっとこう、ズバッと解決できるものが、私は好きなのだ。
「でもアルカちゃんなら少し頑張れば、すぐ優績者でしょ。私なんて……」
隣の机でぐったりと体を伸ばしているのはサラだ。彼女はどうにも苦手科目が多いらしい。魔法も座学的には優秀なのだが、実技となるといまいち。
頑張っているが、なかなか恵まれない。そんな状態であった。
「といってもな。私には私なりの積み重ねというものがあるのだ。仮にも神の座にいた身。そうそう負けてはいられまい」
私は負けず嫌いなのだ。わざわざ勉強に時間を割いているのも、その所為だ。苦手は苦手でも、負けたままでは邪神の沽券に関わるからな。
「アルカちゃんの事だから、競技会にも出られそうだよね。今年はどうなるのかなぁ」
「この間の大事件があったばかりなのに、よくやるものだ」
「他国との威信の賭けあいだからねぇ……はい」
サラが一枚の紙を私に手渡してくる。競技会の開催チラシだ。王国も今の内情は大変だろうに。
毎年王国で開かれている競技会は、言うなれば各国の学園の優秀者同士の争いだ。
座学ではなく実戦的な面で争われるそれは、ある意味代理戦争的なものとも言えるだろう。
優勝した国は戦力を誇示できるし、そうそうに負けた国は下に見られる。
そんな責任を学生に背負わせるのはどうかと思うのだが、戦争を抑える意味もあるようだからな。
そして、王国はここ5年優勝を逃している。必然、学園内では今年こそという気勢が高まっている。
今では魔法や武技の実技授業は、かなり緊迫したものが感じられるようになっていた。
「皆ぴりぴりしておるしな。どうにもやりにくい」
「そりゃあ競技会に出られるって名誉だもん。出場が決まった時点で宮廷騎士や宮廷術師へ登用される可能性も高いって話だよ」
「私はそこには興味ないからな。とはいえ、強者が揃うというのは良いことだ。出られるのならば、これ以上の楽しみはなかろう」
人間はどの世界でも面白い。今までだって、様々な世界があらゆる手で邪神たる私を倒すに至っているのだ。
きっとこの競技会でも興味深い人間が出てくるに違いない。今の世でも私を圧倒する者がいるかもしれん。
そう思うと、気が早るというものだ。勉強がまだまだだというのに、テストの日が楽しみになってくる。
競技会への出場権は、テストの中の実技部門の成績で決まる。そう、私の最も得意とするところだ。
勿論この学園内にも刮目すべき強者もいる。例えばリカルドだってその一人だ。戦神の加護を得てからの彼の力量は目をみはるものがある。
だが、私も負けるつもりはない。何としても、堂々と一位を掻っ攫ってやりたいものだ。
「私は……観戦チケット買えるように頑張るよ」
「そこは出られるように頑張るところではないのか……?」
サラは既に諦めの境地らしい。彼女も度胸を持ち、焦りを無くせば良いところまでいくとは思うのだがな。
だがそれも、人の個性というもの。どちらかというと彼女は研究者肌なのだろう。
「それに怪我もするし、死ぬかもって思うと私は足が動かないや……」
競技会では、一応会場に保護の術式がかかってはいる。が、飽くまでも一応だ。実戦形式で争う競技会では、怪我もすべておりこんで戦わなければならない。
当然、下手をすればサラが言う通り、死ぬこともある。勿論死に至るほど一方的であれば先に審判が入るだろうが、確実ということでもない。
だからこそなのか、競技会は人々の娯楽ともなっているのだ。街の中にいては見ることのできない、命のやり取り。
戦争が絶えて久しいこの世界で、血を見る滅多にない機会。それもまた、競技会の姿なのだ。
「何、無駄な争いはせぬ方が特というもの。サラの生き方が賢いのだろうよ」
「アルカちゃんの場合、自分から首突っ込んでるせいだと思うんだけど……」
「争いの方から私に突っ込んでくるのだ。私のせいではないぞ」
「うーん……」
サラが私の答えに苦笑いを返す。別に私だって好き好んで争いをしているわけではないのだ。
何ならば、何もなく平穏に生きられれば一番良いとさえ思っている。
だがそうもいかない。邪神役の討伐はせねばならんし、どうせ他の神も私の方に突っ込んでくる。それに創造神のこれまでを考えると、何もやらかさないというほうがおかしい。
つまるところ、どう転んでも波瀾万丈というわけだ。人々から忌み嫌われるわけではないだけ邪神時代よりましではあるが。
「競技会の話も良いが、勉強はせねばな」
「うう、逃げ出したい……」
サラに向けて教科書をぱたぱたはためかせると、彼女はすっと私から目を逸らす。
うむ。逃げたいその気持ちはわかる。わかるのだが──
「知らぬのか? 勉強と邪神からは逃げられぬのだ」
サラは私のその言葉に、再び体をぐったりと机に伸ばすのであった。




