邪神ちゃん 調査する 4
「うぐ……」
ぐらぐらする頭をなんとか支える。目を開ければ、そこには奇妙な光景が広がっていた。
辺り一面を這い回るチューブ。それが私の体に絡みついていた。
私はというと、どうやら釣り上げられているらしい。地面が離れて見える。それに、服は脱がされているようだ。絡みついたチューブの隙間からは肌が垣間見える。
「素晴らしい、嗚呼素晴らしい!」
眼下で男の声が聞こえる。そちらを見てみれば、痩せぎすの老齢の男が私を見ながら声をあげていた。
こやつが下手人か。すぐにでも吹き飛ばしてやりたいところだが、飲まされた薬のせいか集中ができぬ。
それに力もうまく込められない。体中のチューブを引きちぎれないのもそのせいだ。
「セレヴン、いいからさっさと始めなさいよ。薬が切れて暴れ回られたらおしまいなんだから」
「わかっておりますとも」
もう一人の声は、メローネか。まさか教師がこのような事態に加担していようとは。思っても見なかった。
彼女の忠告にセレヴンと呼ばれた男が、床から迫り上がっている石柱に手を触れる。
「っぐ……」
途端、体に走る激痛。これ、は……
「ああ、素晴らしい。これだけの魂は初めてです」
私の魂を剥ぎ取っているのか……! 痛みとともに、何かが吸い取られていく感覚が体を駆け巡る。
それと同時に、私の足元。よくは見えない場所にある何かの存在感がどんどん増していく。
「さぁ、目を覚ましなさいテレーゼ」
足元にいる何かが、セレヴンの声に応えて動く。それと同時に私はその存在への違和感に気づいた。
歪なのだ。まるで何かを寄せ集めたような。子供が作る泥団子のような、そんな印象だ。
普通の存在にはあり得ぬ。そうか、この存在がステュラの言っていた、魂を陵辱した存在ということか──!
ざばぁという水音と共に、異形の怪物が姿を表す。感じていた存在感と同様、その姿はまるで人間を粘土にしてこねくり回して、巨大な人間をかたどったようなものだった。
「ああ私の愛しいテレーゼ。ようやく時がきましたよ」
「ゔ……ああ……」
「ほんっと趣味悪いわね……」
セレヴンの声に、怪物が答える。メローネもこの化け物は君が悪いらしい。そっぽを向いて悪態をついている。
しかしここからが問題だ。私のステータスの大半は奴に持って行かれてしまった。魂の結構な量を持って行かれたらしい。
私がこうして私として自我を保っているのが不思議なくらいだ。
「さぁ、最後に生け贄を喰らって、完全な貴方になるのです」
「ゔぁ……」
生け贄とは、私のことだろうな。セレヴンの指示に従ってか、怪物の手が私へと伸びる。
チューブの上から握られれば、体がぎしりと軋む。奥の手を切るのは、今しかないか。
「「邪悪の剣」
右手に刻まれた紋章から闇が飛び出した。それは中空で剣の形を保ちながら浮遊する。
それをしっかと掴み、絡みついたチューブを切断していく。
「絶望の衣」
足元からずるりと影が蠢き、体を包む。形がドレスのそれへとなる頃には、怪物の手が私の身へと差し迫っていた。
が、怪物の手は影から迸る黒い稲妻に阻まれる。
「さぁ、返してもらうぞ!」
右手に握った剣を振るい、伸び切った怪物の手を半ばで切断する。切り取られた腕はどちゃりと音を立てて地面に落ちる音、黒い水になって私の影へと沈んでいく。
「まだ余力を残していただなんて!」
憎々しげにメローネが叫ぶ。ならば教師相手に教えてやらねばならぬな。切り札というのは取っておくものだと。
「ああテレーゼ! なんと痛ましい! ですが、貴方なら大丈夫」
その言葉に応じるように、怪物の腕がその切断面から再生していく。感覚からすると、取り込んだ魂分だけ再生しているといったところか。
ならば、全てを吐き出させるまで。
「ゔぁああああ!」
腕を切られた怒りとばかりに拳が飛んでくる。ステータスが大幅に低下した今では、それを避けることが叶わない。
剣を盾にそのまま受け止めれば、壁際まで大きく吹き飛ばされた。
そこでやっと、この部屋の全貌が明らかになった。そして使われている術式も。
「ぐゔぁう!」
それをゆっくり眺めている時間を与えてはくれないらしい。吹き飛んだ私にテレーゼと呼ばれている怪物が追撃をかけてくる、
怪物の右腕を、左手でなんとか受け止める。
「さぁ、もう一度もらうぞ!」
「ゔぁああたす、ぐゔぁああぐけて……」
再び腕を切ろうとした時に、微かな声が耳に入った。こやつ、何らかの自我を持っている……?
ただの魂の寄せ集めに自我が発生するとは考えづらい。この怪物にはまさか、何かの中核が存在しているのか?
振るおうとした剣を止め、接触している左腕から、怪物の状況を探る。
これは──
「テレーゼ! 何をしているのです!」
「貴様……子供を材料にしたな……!」
怪物から感じられたのは、父への愛。そして父を止めてほしいという思い。
こやつ、セレヴンは、娘を実験の材料にしていたのだ──!




