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この壊れた世界で、また君に会えて……。

「だ、誰か助けて……!」


 目の前には魔物が迫ってきている。後ろは行き止まりだ。もう逃げられる場所はない。


「お願い、誰か! 誰か助けて!」


 助けなんて来るはずがない。こんな洞窟の中に運よく入ってくる人なんてほとんどいないだろう。


 ――あぁ、こんなところに一人で来るんじゃなかった。


 魔物が大きな口を開いて僕に飛びかかってきた。

 僕はその光景に恐怖で目を閉じ、そして……


 ……………………


 何も起きない。


「……あれ? 生きてる……?」

「大丈夫ですか?」


 その声に驚いて目を開けると、目の前には長い黒髪を腰まで伸ばした、美しい女性がいた。





 彼女は冒険者らしい。どうやら、依頼で近くにある依頼品を取りに来たところ、助けを呼ぶ声が聞こえてきたので寄ったとのこと。


「ありがとうございました!」

「いえいえ、別にいいですよ。それより、一つ相談があるんですが……」

「はい、なんでしょうか。何なりとお申し付けください」

「……まず、その敬語やめてくれません?」

「分かりました。ただ、この丁寧語は許してください。口癖なので……」

「口癖……? このキャラってこんな口癖あったっけ……?」


 彼女は僕が口癖というと、顔を傾けて不思議そうに僕を見た。その後も何か言っていたけど、声が小さくてうまく聞き取れなかった。


「まあいいや。……あ、で提案っていうかお願いなんですけど……」


 彼女は少し間をおいて、何故か申し訳なさそうな顔をしながらこう言った。


「私と一緒に、冒険してくれませんか?」

「……えっと?」

「お願いしてもいいかな?」


 彼女は上目遣いで僕にお願いをしてきた。


「で、でも、僕に戦う力はないですよ?」

「ううん、別に戦わなくてもいいよ。私のお供として、一緒に来てほしい。……ダメかな?」


 こんな、上目遣いでのかわいいお願いを、断れるわけがない。


「わ、分かりました」

「……ヤッタ! 結構簡単に仲間にできた!」


 彼女は何か言っているが、驚きや混乱のさなかで彼女に見惚れていた僕には聞き取れなかった。





 それからは、色々な事をした。

 彼女の仲間を紹介されたり、彼女と一緒に冒険をしたり。

 何もしないで一緒にいるのは心苦しいから、せめて荷物を持たせてほしいとお願いすると、彼女は物凄く驚いた顔をする。そして、最初は駄目だと言ってやらさなかったものの、何回もお願いすると、彼女の方が折れて僕に荷物持ちをやらせてくれるようになった。

 荷物持ちになってからも充実していた。彼女と一緒に洞窟の中へ探索に行ったり、他の国に行ったり。

 時には、僕と同じように魔物に襲われている人を助けたり、酷い扱いを受けている奴隷を助けたり、横暴をする貴族を懲らしめたりもした。本当に充実した日々だった。


 彼女は不思議な人物である。冒険をしていると、時々僕に一言残していなくなるのだ。

 最初こそ、もう彼女は帰ってこないんじゃないかと不安になったけど、彼女はいつもすぐに帰ってきた。だから、後からはもう気にしなくなっていた。





 そんな風に冒険をしていたある日……世界に禍いを振りまく魔王が復活した。

 そして、彼女は辛そうに泣きながら、僕にある秘密を打ち明けた。

 それは……彼女がここに来た理由が、復活した魔王を倒すため、という話だった。そして、僕が実は勇者の血を引く末裔であり、僕は魔王を倒すために戦わないといけないとの事だった。


 最初は驚いた。だけど、同時に納得した。彼女は僕がいつか必要になるのが分かってたんだって、その時分かった。

 嬉しかった。ずっと彼女の役に立てていないことが今まで心苦しかった。彼女はいつもありがとうと言ってくれるし、荷物を持ってくれるだけで嬉しいとも言ってくれる。僕も、そう言われた時は心の底から嬉しかった。

 でも、それでも彼女の隣に立てなかったのは心苦しかったのだ。


 彼女は、泣きながら僕に秘密を打ち明けてくれた。きっと、僕との出会いに打算があったことや、今から僕を戦いの道に引きずり込むことが辛かったのだろう。

 でも、僕はそうして彼女の隣に立つことができると思うと戦う事なんて全く辛くなかった。

 だから、彼女に戦い方を学んだ。


 僕は彼女に戦い方を学んだものの、最初は何もできなかった。

 でも、彼女はいつも僕の隣で応援してくれた。貴方ならできるって、いつも僕を信じて待ってくれた。

 そのおかげか、僕はある時からいきなり呑み込みが早くなって、みるみる内に上達していった。

 そして……彼女と一緒に魔王を討伐する旅に出た。


 その旅の間も、本当に色々な事があった。

 魔族によって襲われた町や村に行っては、そこでの復興作業を手伝ったり、沈んだ空気をよくするために、彼女が歌ったり、町を管理している人たちと一緒に企画して、祭りをしたりした。

 時には、まだ襲われている最中の町の魔族と直接戦って倒したりもした。

 そうして、色んな人たちを救っていった。時には一緒に旅をしたいって人も現れて、いつしか僕たちにはたくさんの仲間がいた。同じ志を持った仲間たちだ。


 色んな町、村、人々を救ってきた僕らは、いつしか〝救世主〟と呼ばれるようになっていた。

 それもこれも、すべては最初に動いた彼女のおかげである。僕はそのことが本当に嬉しいし、誇らしい。

 しかし、彼女は仲間が増えても時々いなくなる時があった。本当に申し訳なさそうな顔をして僕に一言謝ってからいなくなるのだ。それに、そのことを何故か仲間は全く疑問に思っていない。僕ははじめとても驚いたんだけどなぁ。


 彼女と魔王討伐の旅に出て、一年。色んな人たちを救い仲間を集めた僕たちは、遂に魔王を倒すことができた。

 僕は彼女と一緒に抱き合った。抱き合いながら、泣いて喜んだ。正直、命の危機はここに来るまでも、ここでの戦いでもたくさんあった。

 それでも生きていられたことに泣いて喜び合った。


 そして、数日がったある日、彼女はまた僕に一言いに来た。今日も少しいなくなるのだろう。

 そう思っていたが、その日は少し様子が変わっていた。


「ごめんね、もうここにこれなくなっちゃった」

「えっと……? どういうことですか?」

「ありがとうね。今まで、本当に楽しかった」


 どこか、彼女との会話が繋がっていな気がする。彼女は徐々に大粒の涙を流し始めた。僕には彼女が何で泣いているのかが分からない。

 ただ……何となく、もう会えないのかもしれないと思った。


 だから僕は――思いっきり彼女を抱き締めた。


「どうして、泣いているんですか……? 僕たちは無事に魔王を倒せました。誰一人欠けることなく、倒しりましたよ……?」

「ううん、ううん。違うの。もう私は……この世界は終わってしまうの。だからもう、私はここには来れないの」


 彼女の言っていることはいまいち理解ができなかったし、結局何が起こってるのかも分からなかった。だけど、彼女がもう僕に会う事ができなくて、その事を嫌がって泣いてくれてる、それだけは分かった。


 嬉しかった。彼女が僕との別れを惜しんで泣いてくれてる。そのことが途轍もなく嬉しかった。

 最初は、ただ通りすがって助けただけの人だ。いや、実際には違ったのかもしれないが、それでも打算から生まれた関係だった。

 それなのに、今の彼女は僕との別れをここまで惜しんでくれてる。僕は、その気持ちだけで十分だった。十分に満たされて、十分に幸せだった。

 だから……


「泣かないでください。僕は貴方に出会えて幸せでした。貴方は僕の命を救ってくれた。僕を広い世界へと導いてくれた。僕を色々な冒険に連れて行ってくれた。僕に戦う力をくれた。僕と一緒に――貴方は戦ってくれた。だから、僕は本当に幸せでしたよ」


 そう言うと、彼女は大声を上げて泣いた。そして、暫くたって落ち着いた後、


「私も、貴方に会えてよかったです。貴方との日々は幸せに満ちていました。本当に……ありがとうございました」


 そう一言言って、いなくなった。

 今までとは違って、彼女はもう帰ってこなかった。





 彼女がいなくなってから、世界はおかしくなった。

 まず、朝と夜が来なくなり、空は常に夕方の黄昏色になった。しかし、それに気づいているのは僕しかしない。他の人たちは、魔王討伐の仲間も含め、誰もこの異変に気付いていない。

 だから僕は、普段通りに生活することにした。


 それから徐々に異変は起きていった。

 次に、外にいる魔物がまるで時間を止められたかのように動かなくなった。いや、事実時間が止まっているのだろう。最後の瞬間の状態で、完全に固定されていた。相変わらず誰もこの異変には気づいていない。


 そのまま、徐々に蝕まれていくように、町の中にいる人たちも少しずつ動きを止めていった。

 少し怖くなることもあった。だから、あまり考えないように気を紛らわすために、普段通りの生活を続けた。

 こうなっても、町の人たちは異変に気付いていない。この時から、おかしいのは町の人たちではなくて、僕なんだと気づき始めていた。


 そして……世界が、僕がいる場所を中心に崩れていっていた。

 気づいたのは町の人たちの数名が動きを止めた時だ。それでも、他の人たちに倣っていつも通りの生活をしていた。そして、冒険者としての依頼を受けて町のそとに出て行って……隣町へ続く道が途中でなくなり、見渡す限りの底が見えない崖となっていた。





 異変は止まることなく続いた

 町にいる人たちは徐々にその動きを止めていき……前に、町の外に出ようとすると、もう崖がすぐそこまで迫ってきていた。

 それから、黄昏色の空に、大きな文字のようなものが書かれた赤い帯が回るようになった。いよいよ、終わりが近付いているのだろう。





 ついに、町の人たちの全員がその動きを止めた。でも、何故か僕だけは止まらなかった。やっぱり、おかしいのは僕だったらしい。

 地面も崩れてきており、もう町の半分くらいはなくなっている。普段通りの生活をすることすらも出来なくなっていた。

 正直、何も考えなかったら怖くて気が狂いそうだった。だから、彼女との思い出を最初からすべて振り返っていった。


 不思議と、彼女との思い出は一つも褪せることなく、いつもでも僕の中に残り続けていた。そんな彼女との思い出を思い出しながら、日々を過ごした。いつしか、僕の中で恐怖は消えていた。





 町の地面はほとんど消えてなくなり、世界は僕の家のみになった。

 もう、時間が停止した町の人たちもいなくなり、世界には僕しかいない。

 僕は今でも彼女の事を思い出しながら、その日その日を過ごしていた。


 空の色が変わらないせいで朝か分からない時間に起きて上がって、椅子に座り、彼女の事を考え、彼女との思い出に浸る。そうして一日を彼女で埋め尽くしながら寝る。

 ふと、あるはずのない、人の気配を感じた。顔を上げると、目の前に……彼女がいた。


「あれ? 幻覚でも見始めたのかな……?」

「……幻覚ではありませんよ。私は、本物の私です」


 彼女はそう言って、僕を抱き締めてくれた。


 彼女の体温を感じる。心地のいい温度だ。

 彼女の匂いが分かる。僕が好きな匂いだ。

 彼女の息遣いが聞こえる。いつも頭の中で思い描いていた息遣いだ。


 壊かけていた世界で、懐かしい感覚に包まれた僕は、静かに涙を流した。


「……長く待たせてしまって、ごめんなさい。また……また、貴方に会えてよかった」


 顔を上げると、彼女も一緒に涙を流していた。

 何故か、彼女との出会いが甦る。


 彼女の事を最初にかわいいと思ったのは、彼女が上目遣いでお願いをした時だった。それから、彼女の色んな顔をたくさん見てきたけど……

 

 彼女は、どんな顔をしてても本当にかわいい。


 僕は何も言わず、彼女に顔を近づけて――その唇に自らの唇を重ね合わせる。

 彼女はきょとんとした後、その表情を赤く染める。そして――笑顔を浮かべた。


 ――あぁ、泣いてる顔もかわいいけど、やっぱり彼女は笑ってる方がいいな。


 そんな事を思いながら、僕も彼女の背中へ腕を回して、強く抱きしめた。

 そこからは、二人とも何も言わなかった。互いの存在だけを確かめるように、ただ、二人で抱き合っていた。それだけで、互いの考えてることのすべてが分かるようだった。


 世界は崩れている。僕も、消えてなくなるのだろう。

 でも、最後の最後に再び彼女に会う事ができた。もう、心残りは一つもない。

 僕は本当に――幸せ者だ。

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