■前編
■主な登場人物
ニッシ・ヘルム:十七歳。男爵。騎士団の副長。琥珀色の瞳。赤毛。
グレイ・ヌーボ:十九歳。伯爵。薬草学者の助手。淡褐色の瞳。栗毛。
サーラ・エンリ:十六歳。公爵。第一王子。青紫色の瞳。金髪。
フィア:十五歳。サーラの侍女。灰色の瞳。銀髪。
※初出は『デュークと女子大生(https://ncode.syosetu.com/n5304em/)』です。本編を読まなくても支障ありません。
ニッシとグレイが、窓の無いレトロな独身寮風のワンルームに閉じ込められた。
ニッシは起きており、脱出方法を探して部屋を検めている。グレイは何も知らずに、ベッドで毛布に包まって静かに寝ている。
「動く絵が出る箱に、火が点く台に、雪の無い氷室か。ヤヨイやキサラギから聞いた、ニッポンって場所に似てるな。というか、前作といい今作といい、世界観ガバガバすぎるだろ。作者、出て来い!」
カラーテレビに、ガスコンロに、電気冷蔵庫。初めて目にする戦後昭和の工業製品に対し、ニッシは思春期の青年らしい好奇心をそそられつつも、それらが水道すら通っていないエンリ公国に相応しくないオーパーツであることに鋭くツッコミを入れた。
すると、騎士団で鍛えられたニッシのボリューミーな声量が寝耳に届いたグレイが、片眉を吊り上げて不快感をあらわにしつつ、毛布の中からモゾモゾと姿を現した。そして、大きな伸びをしながら欠伸をしたあと、グレイはグルッと部屋を見渡し、ようやく自身が置かれた周囲の環境に気が付いた。
「あれ? どうして、ニッシがいるんだい?」
「原因は不明だが、部屋の内部から外部へ脱出することは不可能なことだけは確かだ」
「おっかしいなぁ。君とサーラを閉じ込めて、キスしないと出られない部屋にするつもりだったのに」
呑気に首を傾げるグレイに対し、ニッシはカッと頭に血が昇ってグレイの胸倉を掴み上げた。だが、ここで争っても無意味だと瞬時に悟り、握った拳を緩め、その手でグレイの軽く肩を突いただけに留めた。
「マスケットが無くて命拾いしたな、グレイ」
「とても騎士様とは思えない悪人面をしているぞ、ニッシ。親友に鉛玉を撃ち込もうとするな」
「親友というより、腐れ縁だろうが。まったく。野郎二人を狭い部屋に閉じ込めて、誰が喜ぶんだか」
「一部のコアな趣味をお持ちのお姉さまは、きっと大興奮するよ」
「ふざけるな! 鳩尾に一発食らわすぞ」
「やってみろよ。部屋を出られたら、御礼にニガヨモギの煮汁を飲ませてやるから」
ニッシの琥珀色の瞳と、グレイの淡褐色の瞳との間で、バチバチと見えない火花を散らしていると、その最中にブンッというブラウン管特有の起動音とともにカラーテレビの電源が入り、ガラス画面に、乗馬服を着た男装の麗人サーラと、クラシカルな給仕服を着たフィアの二人が映った。
ニッシとグレイは一瞬で我に返り、テレビの前に並んで画面に注目した。
『おはよう、ニッシ。起床早々に申し訳ないが、グレイの捩じ曲がった根性を叩き直す手伝いをしてほしい』
『グレイ。性懲りもなくサーラ様を奸計に陥れようとした罰ですから、謹んでお受けするように』
『罰といっても、それほど重たいものではない。グレイに腹筋を百回させれば良いだけの話だ。簡単だろう?』
『お部屋の様子は、こちらから常時観察してますから、変な気を起こさないほうが得策です』
『それでは、目標達成後に会おう!』
『ごきげんよう』
それっきり、プッツリとテレビの電源が切れ、ニッシとグレイは思わず顔を見合わせた。ニッシはニヤッと嗜虐的な笑みを浮かべ、じわじわとグレイに歩み寄り、グレイはゾッと鳥肌を立たせ、じりじりと後ずさりする。
「公爵様の命とあっては、騎士として従わないわけないはいかないからな。早速、横になってもらおうか。大丈夫、大丈夫。痛い目に遭わせるつもりは微塵もない。そう、怖がるんじゃない」
「その獲物を狙う狼のような目は、何か企んでる時の目だぞ。君、絶対『ザマァみろ』と思っているだろ!」
「いやいや、滅相もございません。この前にサーラと二人で『お互いに相手の好きな筋肉を正直に言わないと出られない部屋』に閉じ込められたことへの恨みなんて、これっぽっちもありませんとも」
「しっかり根に持ってるんじゃないか! この赤鬼! サド男爵! 演練の悪魔!」
喚き散らしながら逃げようとしたグレイであったが、出口のない狭い部屋であり、相手が訓練を積んだ騎士団の副長様とあっては無駄な抵抗に過ぎず、ものの一分程で捕まえられ、カーペットの上で膝を三角に曲げた腹筋の姿勢に固定された。
「両手は頭の後ろだ。言うことを聞かないと、このまま関節技に持ち込むからな」
「やれやれ、何という日だ。生まれてこのかた、薬匙より重い物は、一度たりとも持ったことが無いっていうのに」
「四の字固めを食らいたい? よーし!」
「言ってない、言ってない!」
ようやく諦めがついたグレイは、頭の後ろで手を組んで腹筋を始めた。だが、ものの十回で休んでしまう。
「休憩には早いぞ。あとラスト九十回!」
「カウントダウンにしては、程遠いなぁ。ねぇ、そこの氷室に何か飲み物は入ってないの?」
「喉が渇いたのか? あの中には、生卵が透明の凸凹した容器に十個ずつ入れられて、六つほど棚に並んでいる。試しに飲んでみるか?」
「俺は拳闘選手じゃねぇよ! 少しは年長者を労れ」
「たった二歳差で年上ぶるな、軟弱者! 減らず口を叩く元気があるなら、その力を腹に込めろ」
「クッ。覚えてろよ……」