魔王様、目覚める①
「これでトドメだーっ!!」
「ぐああああああ!!」
勇者の聖剣が我輩の胸に振り下ろされた。 鮮血がすぐさま吹き出て辺りに飛び散る。 身体がずんと重くなるような、それでいて魂を抜き取られたかのような浮遊感に襲われた。
「ハア…ハア……終わりだ魔王、お前は直に封印される」
剣の血を振り払うこともなく、満身創痍の勇者は跪いた我輩を見下ろして言った。
「……フハハ……これで我輩が終わりだと…? 笑わせるな。 我輩は何度でも、貴様の前に立ち続けてやる……」
口元を歪めてみせると、勇者もニヤリと笑って腰の巾着からなにか取り出した。 あれは…
「封印の玉だ。 これでお前を永遠に閉じ込める。 二度と復活する事のないようにな」
「フン…つまらん物を……」
小賢しい連中だ。 以前もあのような封印の何とやらに幽閉されていた身だが、次もまた内部から破壊してやる。
「覚悟はいいな。 …封印の玉よ、悪しき者を隔て、この世を泰平とせよ! ソー・ド・エスペン!」
「ぐっ…あああああああ!!」
意識が遠のく。 あんなたかだか水晶に封印されるとは不甲斐ない。 次は、次こそはきっと………。
***
………。 何処だ? ここは…。
目を覚ますと、視界に現れたのは白い天井だった。心象風景かと思ったが、こんな真っ白い部屋は見たことがない。 それに何か…違和感が凄まじい。 まだはっきりと頭が冴えず、ぼんやりとしつつ手を握ったり開いたりしてみる。
…待てよ。
「……な、な、何だこの手は!!」
手がまるで、というか、人間そのものだ。 我輩の大きくて勇ましい手はどこへいったというのだ! 色も生白いし、細っこくて頼りない。 少し前に捕らえていた痩せ女の手がこんな風だったような…。
「大丈夫!? 白羽さん!」
女が突然駆け寄ってきた。 「意識が戻ったのね」などと言って、なぜか喜んでいるようだ。
なんなのだ? 散々我輩は人類の敵だなどと言われてきたではないか。
「大丈夫も何もあるか! 一体ここはどこなのだ。 我輩の体はどうなっているのだ!」
「し…白羽さん? 落ち着いて、まだ目覚めたばかりなんだから。ちょっと気が動転しちゃってるのね…」
「白羽とは誰だ、我輩は貴様ら人間が畏怖の念を抱き続けている魔王であるぞ!」
「…な、何を言っているのかよく……」
こやつ、本当に我輩のことを知らないようだ。 …というか、今のこの姿では分かるはずもないのかもしれない。 普通魔王の名を聞けば恐れおののくはずなのだが…。
「…まどろっこしい、話の分かるやつは居らぬのか!」
「え、ええと…その、ご、御両親に電話をしてくるわね! ええ、それがいいと思うから、待っててくださいね!」
それだけ言うと女はそそくさと出ていってしまった。 両親? デンワ? 何を訳の分からぬことを言っているのだろうか…。 ともかくここから出ようと思って立ち上がる。 見下ろした足は小さく、また視界は異様に低い。 跪いたとてこんなに低くはないだろう。 一体どのような姿になっているのだ。
ともかくここから出よう。 我輩は冷たい床の上を歩きだそうとした。
…がしかし、腕から伸びるチューブ状のものに阻まれる。 なんだこれは? そのチューブ状の先を辿ると、ベッドの脇にある杖のような…見慣れない、旗立てのようなものに袋が取り付いている。 その袋に繋がっているようだ。
これはなんなのだ? 体につながっているのだから、血液のようなものだろうか。 もしや我輩は吸血鬼になってしまって、透明の血液を体内に取り込んでいるのかもしれない。 だとしたら、この肌の白さにも頷ける。
いや、今はそんな物に関わっている場合ではない。 一刻も早くここを出て、城に戻らねば。 女の出ていった方へ歩くと、視界の端で何かが動いたような気がした。
「……な、なんだこの……こんな…こんな……」
…見ると、そこにあったのは鏡で、動いた気がしたのは自分自身だった。 しかし、鏡に映し出されたのは…
「お、女ではないか!!」
痩せっぽちの子供の女が目の前にいる。 しかしそれは、紛れもなく我輩なのであった。
初投稿です。 右も左も分かりません。