ログイン三日目1
「【解体】?」
「ええそうよ」
マザー・アンナはニコニコと頷く。
ログイン三日目。教会に入信した二日目の朝の教会の掃除を終えると、マザーに呼び出された。
「貴女には料理の才能があるみたいだから、【解体】スキルを覚えて欲しいの」
そう言われても、困る。
「……すみませんマザー。【解体】スキル、って、何ですか?」
というのも、【解体】は攻略サイトで確認されていないスキルなのだ。
「あらまあ。そうねえ……。異邦人が獣やモンスターを倒すと、死体が『ドロップアイテム』に変わるでしょう?」
「らしいですね。私は戦ったことがないので分かりませんが」
「その『死体がドロップアイテムに変わる』ことを防ぐスキルが、【解体】スキルよ。私達からすると、ただ器用に解体出来るようになるだけのスキルだけれど、ね」
なるほど、それは凄そうだ。
というのもこのゲームの私のいるサーバー。獣は限りあるものの地域によっては膨大な数存在していて、モンスターの方は一定数まで無限湧き。そのため、獣一頭分の物資、例えば肉や皮等が残らないでもなんとかなっている。
だけれど、生産職、と呼ばれるアイテムの生産を主に行っているプレイヤー達には不満が溜まっている。なにせ、獣を狩ったとして、狙った物資が手に入る訳ではないのだ。
「【解体】スキルを覚えるのは喜んでやりますが、どうしてその必要があるんですか?」
「それはね、【解体】スキルを覚えていないと、異邦人は魚の調理が出来ないのよ」
「へ?」
「【解体】スキルを持たない異邦人が魚を調理しようとすると、魚の切り身か皮、骨になってしまうの。ここファスト教会で日常的に使うお肉は魚だから、貴女に【解体】スキルを覚えてもらわないと困るのよ」
「なるほど」
確かにそれは困る。
「……ん? その話の流れだと、私はファスト教会の料理担当になるみたいですが、そういう判断でいいですか?」
「ええ。ブラザー・カントの推薦で、ね」
その信頼は逆らえないや。
「分かりました。【解体】スキルを覚えます。何をすればいいですか?」
「えっと、この手紙を持って『冒険者ギルド買取所』に行けば、手っ取り早く【解体】スキルを覚えられるわ」
「分かりました。では行ってきます」
そうして、『ファスト冒険者ギルド買取所』にやって来た。
「うへえ」
鎧や剣の擦れる音が不快極まりない。鞘と剣の僅かな隙間から鳴るカタカタ音がうるさい。皮鎧と鎧下と肌の擦れる音が気持ち悪い。
(よくこんな騒音に耐えられるなあ)
鈍感な人々に感心しつつ、買取所の端、白髪のおじいさんがなにやら書類整理をしているカウンターに向かう。
「ここでいいんだよね。すみません」
「はい。おや修道士の方ですか。何の用ですか?」
「【解体】スキルを教わりに来ました。これ、マザー・アンナからの手紙です」
「ふむ? 手紙を拝見します」
おじいさんは手紙をさっと読む。
「……確かに、了承しました。では、奥に入ってください」
おじいさんの案内の下、買取所の奥へ進む。進むにつれて、気分が悪くなっていく。骨をノコギリで切る音。肉をサッと切り裂く音。何かを剥ぐ音。そして血の臭い。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫です。音だけ聞こえているからしんどいだけなので」
「なるほど? では、着きましたよ」
おじいさんはそんな血生臭い音のする一室をノックする。
「ジャブル、【解体】習得希望の方が来ましたよ」
『少し待て!』
分厚いマスクをしているような返答があった。
どうも部屋の中では、骨をノコギリで切っているようだ。骨にしては柔らかな音な気がするけれど。
少し待つとコキコキゴリン、と音がした。切り終えたようだ。
『いいぞ、入れろ!』
「では、入ってください。後のことは中のジャブルが教えてくれます」
「分かりました」
ドアを引いて開け、部屋にはい……。
「うわっ!?」
踏み出した先が凹んでいた。ビチャリ、と足音がして、見下ろすと、なにやら水が張ってある。
『ドアを閉めろ! したらその消毒液を何度か踏め!』
「分かりました」
ドアを閉め、何度か足踏みをする。
『生活魔法は持ってるか!?』
「はい!」
『なら全身にかけた後、服を脱いでそこに置いてある奴に着替えろ! 脱いだ服は籠に入れろ! 血の臭いが染み付くぞ!』
確かに、血の臭いがものすごい。それに、解体の手は緩めていないようだ。肉を切る音が途切れない。
修道服を脱いで、下着に血の臭いが付くことは諦めてゴワゴワの備え付けの服を着る。長靴まで一緒になっている、簡易の防護服みたいな服だ。
『着たな! ならガスマスクを付けろ! フィルターは変えてあるから気にすんな!』
「はい!」
とは返事したものの。
「ガスマスク……?」
フルフェイスのガスマスクの付け方なんて分からない。
「説明書か何かは……、あった」
ガスマスクの棚に置いてあった説明書に従ってガスマスクを付けると、肌の露出がなくなる。少し息苦しい。
『出来たか!?』
『はい!』
『ならこっちへ来い!』
曇りガラスの引き戸を開けると、濃厚な血の臭いに襲われる。
そこでは、ずんぐりむっくりの男が、鹿らしき肉塊をバラしていた。彼がジャブルなのだろう。
『……綺麗ですね』
『お? これを綺麗と言える、ってことは、多少解体の知識はあるのか』
『はい。故郷で少しだけ経験があります』
『故郷? なるほど異邦人か』
『はい』
『異邦人の狩りは滅茶苦茶だからな。【解体】を教わりに来るのは大歓迎だ!』
ジャブル(仮)はガハハと笑う。
『滅茶苦茶なんですか?』
『ん? お前は異邦人なのに狩りしたことないのか?』
『ええ。狩りをする前に入信したので』
『ほおー』
ジャブル(仮)は感心の声を上げる。
『それは凄い。俺はジャブル、って名だが、ここにいる間は『先生』と呼べ』
『分かりました先生』
こうして、先生の指導が始まった。