ログイン二日目2
「で、では、料理を始めます」
私達が手の空いたのを見計らって、ブラザー・カントは私を調理台の前に立たせた。
「使うのは、このちんまい新ジャガです。まず、泥が残らないようよく洗います」
「洗ったね」
シスター・アングリアの茶々入れを無視する。構う余裕が無かった。
「次に、水気を綺麗なタオルで取ります。この時、イモの毒が出てないか確認してください」
「これでいいか?」
手伝いに立候補してくれたブラザー・ワンが尋ねる。
「うん、いい感じです。油で揚げるから、この作業は丁寧にしてくださいね」
「揚げる? フライドポテト? でもあれはイモを切って作るはずでは……」
なにやらブラザー・タローが考え込んでいるのを無視して、続ける。
「次に、油豆? から採れた油を揚げ物用の鍋に張って、油を百六十度……、菜箸の先から細かな泡が出る位の温度で揚げます」
シャーッ! という揚げる音がカラカラと変わった辺りで、竹串をイモのひとつに刺し、何も付かないことを確認。
「……よし。でこれを油から上げて、塩を振りかける。以上! 『チビイモの素揚げ』完成!」
「「おおー!」」
パチパチと拍手される。
「確かに、フライドポテトがあるのだから、これもアリよね」
シスター・アングリアはウンウンと頷いている。
「んなことより味だ……」
「いただきます」
「っておいブラザー・タロー!」
ブラザー・タローはひと口食べ、黙る。
「お、おいブラザー・タロー? 不味かったのか?」
「い、いえブラザー・ワン。とても美味しいです。食べてください」
「お、おう」
ブラザー・ワンはブラザー・タローの気迫に負けて食べ。そして。
「な、何だこれは!?」
カッ、と目を見開く。
「皮がパリッとしている! なのに中はホクホクでフワフワ!? 揚げモンなのに油っぽくねえ! なにこれウメエ!」
「あら美味しい」
続いて食べたシスター・アングリアもニコニコ笑っている。
肝心のブラザー・カントは。
「……どうですか」
モグモグと『チビイモの素揚げ』をひとつ食べた後。
「シスター・レーリ」
「はい!」
「もっと揚げろ」
「!? はい!」
という訳で。
「じゃ、シスター・レーリ、頑張れよ」
「ガンバル……」
洗い物をするブラザー・カントの後ろで、ひたすら『チビイモの素揚げ』を量産する作業をする。他の三人は、炊き出しに出来上がったスープとマッシュポテトを持っていった。
「つ、疲れた……」
残っていたチビイモを全て揚げ終えた頃には、足がパンパンになっていた。
「シスター・レーリ」
「はい?」
「行くぞ」
『チビイモの素揚げ』の山盛り乗った大皿を両手に、ブラザー・カントは教会から教会前の広場に出る。それに続いて私も教会前広場に出ると。
「わあ!」
沢山の人が、私達の作ったスープとマッシュポテト、そして『チビイモの素揚げ』を食べていた。
「お母さん美味しいねえ」
「こんな小さなイモが美味いなんて」
「スープあったけぇなあ」
その光景に、なんだか胸が温かくなる。
「シスター・レーリ」
「はい」
「今日は月一回の『感謝祭』だ」
「?」
「食べられることに感謝する日だ」
「……なるほど?」
だから教会が炊き出しをしたのかな? よく分からないけれど。
「この感謝祭の日に、お前が修道士になったのは、何か意味があるのだろう」
ブラザー・カントは予想以上に話す人だったらしい。
そのことに驚いていると、ポン、と頭の上、耳の後ろにブラザー・カントの左手が乗った。
「それが何かは、俺には分からん。だが、励めよ」
「はいっ!」
その素朴な言葉が、胸に染みた。
私はその人達の間に入り、レタスのスープとマッシュポテト、チビイモの素揚げを食べる。
「美味しい」
マッシュポテトとチビイモの素揚げは冷めてしまっていたけれど、それでも美味しかった。
「シスターのおねーちゃん」
「んく。はい」
スープを強引に飲み込み、声をかけてきた男の子を見る。その後ろでは、その子の母親らしい女性が乳飲み子を抱っこひもで抱いて申し訳なさそうにしている。
「美味しかったよ! ありがとう!」
その満面の笑みが、今日一番のご馳走だった。
「いえいえ。こちらこそありがとう。お母さんはどうでしたか?」
「え、ええ。それはもう美味しく……」
突然、抱かれている赤ん坊がぐずりだす。
「あらあら。すみません。この子もお腹が空いたようで……」
「ああ。なら、教会の授乳室が使えないか聞いてきますね。少し待ってください」
スープとマッシュポテトの皿にスプーンを持ったまま歩き、教会の前に立つマザーに尋ねる。
「すみませんマザー」
「シスター・レーリ。食器は置きましょうね」
「……はしたないですね。すみません」
頭を下げる。
「ところで、お腹を空かせた赤ん坊が、お母さんの元で泣いているのですが、授乳室は使えますか?」
「もう教会の施設を覚えていることは感心ですね。ええ、使えますよ。今開けますので、シスター・レーリは落ち着いて、食事をしてください。あのお母さんですよね」
「はい」
マザーが指差した母親で合っているので、頷く。
「では、ここで食事をしていてください」
「分かりました」
今日は忘れられない日になりそうだなあ、と何となく思った。