ログイン二日目1
その夜、私は三人の『彷徨う死者』とデュエットし、一匹の『彷徨う死者(?)』なネズミをもふって、彼ら彼女らを『あの世』に送った。
翌日、ログインしてからマザー・アンナに会うと。
「どうやら、無事導けたようですね」
と言われる。
「はい!」
一目見て分かるものなのかな。不思議。
「貴女の前に現れた『彷徨う死者』は、全て貴女が導くことが出来るものでしたね?」
「はい」
「貴女の前に現れる『彷徨う死者』は、全てそうです。教会の存在意義は、そんな『彷徨う死者』を『あの世』に帰すこと、それが第一です」
「素敵なことですね」
ポン、と口から出た言葉に、マザーは驚いた様子で喜ぶ。
「では、貴女の入信を許可します」
『入信の儀式』はあっさりしたもので、マザーから差し出された一杯の水を作法にのっとって飲んで、新しい名前を貰って終わり。その後は、ベールのない黒の修道服を着る。
「ふふ」
今日から私は、教会の一員だ。これまで人間扱いされてこなかった私が、生まれて始めて、人間として組織に迎え入れられた。例えゲームの中とはいえ、そのことが堪らなく嬉しかった。雑音も気にならないほど、浮かれていた。
《異邦人:レーリに市民権が付与されます》
そんなアナウンスがした後。
「あ、れ……?」
私はぶっ倒れた。
「シスター・レーリ!?」
支えてくれたシスター・ハンナに、私は何とか言う。
「す、すみませ……」
「大丈夫シスター・レーリ!」
「お……」
「お……?」
「おなか、すきました……」
グウ、とお腹が鳴った。
少し早い昼食に、平焼きパンとレタスのスープをもらって食べる。
「ハムハム……」
まさか、市民権を貰った直後の空腹度と渇水度が上限一杯になっているなんて。死に戻りするところだったよ。
「美味しい!」
リアルだと、山奥に引っ越すまで騒音で味なんて分からなかったし、今もその名残で分かりにくい。ゲームの中とはいえ、ちゃんと味が分かることが嬉しかった。
「ありがとうブラザー・カント!」
厨房長のブラザー・カントにお礼を言うと、彼はニコリともしないで右親指を立てる。けれど、頭の上のクマ耳がピクピクしていて、喜んでいるのが丸分かりだ。
「ごちそうさまでした」
平焼きパンの一枚とスープ一杯にコップ二杯の水で、空腹度は四割、渇水度は三割まで減っていた。十分動けそうだ。
「さて、と。挨拶回りは明日、って言われたけど、何しよ……?」
倒れる前に掃除はしていたし。となると。
「ブラザー・カント。料理の手伝いしてもいいですか?」
ブラザー・カントはグ、と右親指を立てる。手伝いをしてもいいらしい。
「ちょっと待っていてくださいね?」
歯磨きをしてきてから調理場に入り。
「さて、と」
袖を畳む腕まくりをして、【生活魔法】の【クリーン】を全身にかけ。
「……わお」
魔力が半分ゴソッとなくなった。
次いで手を腕の中程まで洗う手洗いをしてから、ブラザー・カントの指示に従ってジャガイモとレタスをジャバジャバと洗う。洗う。洗う。
「多いね!?」
「炊き出し、夕方」
「なるほど炊き出しを夕方するんですね。なら納得です」
それは気合いを入れなければ。
「手伝いに来たよー。あれ? 新人さん?」
ジャガイモを洗っていると、援軍がやって来た。
「どうも! 新人のレーリです! ジャガイモ洗ってます!」
「見たら分かるよ。私はシスター・アングリア。後からブラザー・タローとブラザー・ワンが来るから、頑張ろう!」
女性になりかけ、位の年齢らしいシスター・アングリアは袖を畳む腕まくりをして、金の髪を紐で纏めてジャガイモ洗いに参戦する。
「急いでねシスター・レーリ。この後孤児院の子達が追加のジャガイモ持ってくるから」
「ひえええ!」
ひたすらジャガイモを洗うこと一時間。
「ブラザー・タロー来ました!」
ひょろっとした茶髪の男の子と。
「同じくブラザー・ワン来たぞ」
丸っこい黒髪の男の子が来る。
そんな二人に、私とシスター・アングリアはひと言。
「「洗え」」
「「はいっ!」」
洗っているジャガイモは、とにかく数が多いけれど形が悪かったり小さかったりと、売り物に向いていないのが多い。
「新ジャガ。蒸して潰してお塩振りかけたらそれだけで食べれますね」
「確かにそうだけど。シスター・レーリはこの量洗っていてもそんなこと言えるのね」
「私って、異邦人でしょ? 故郷の方に小さい畑持っていてね。今季のジャガイモが後少しで収穫だから、楽しみなのよね」
「おや? シスター・レーリは農家でしたか。実はこのブラザー・ワンも農家出身でして……」
「まさか教会来てまでイモ育てることになるとか思ってねえよ」
「教会で畑を持っているんですか? 何を育てています?」
「野菜はジャガイモ、レタス、キュウリ。ハーブはネギ、ニンニク、ミント、パセリ、ローズマリー、ローリエ、マジョラム、レモングラス、他にも色々育てているわ。どれも売らない限り税金がかからないものよ」
「シスター・アングリアすげーな俺そんなに覚えてねぇや」
「ブラザー・ワンは覚える努力をしようか……」
わいのわいの言いつつジャガイモとレタスを洗い終え、ブラザー・カントが手早くスープと蒸かし芋にしていく。
「ブラザー・タローとブラザー・ワンは蒸かし芋潰して塩混ぜてマッシュポテトに! シスター・レーリは私とイモの皮む……、慣れてるわね」
「まあ、ね。それより、皮むきも難しい程小さなイモはどうするのですか?」
シスター・アングリアに尋ねると。
「ああ、それは蒸さずに避けてるでしょ? ブタの餌に、畜産業者に卸すのよ」
「ブタの餌? って、餌足りてないのですか?」
疑問をぶつけると。
「いや? でも使い道ないから仕方ないのよね」
「なるほど」
なら、良い案がある。
「シスター・アングリア。この街の食用油の値段は分かりますか?」
「ん? 安いよ? ジーロで山盛り採れるオリーブが入ってくるし、東の低地の一部で『油豆』育ててるからね」
「なるほど。毒を見分ける魔法は……」
「あるぞシスター・レーリ。俺覚えてる」
「でかしたブラザー・ワン!」
「故郷によい料理法があるので?」
「そうなんだよブラザー・タロー!」
「ほう?」
突然会話に割り込んできたブラザー・カントに私達四人は思わず沈黙する。
「シスター・レーリ」
「ひゃい!」
「後で教えろ」
「は、はい」
私達四人は与えられた作業に集中し、さっと終わらせる。