初回ログイン1
ログインした途端に襲ってくる、足音、話し声、出店で何か焼ける音、商談の論争、風の音。
「くっ」
突然のことに驚き、ふらつくも、すぐに混乱は収まる。機械音がないだけリアルよりマシだ。
「ふう」
初期リスポーン地点である『ファスト教会前広場』は出店が多く商談の声も高らかで、とても教会の前とは思えなかった。むしろ祭りの日の神社のようだ。
「とりあえず、話を聞くかあ」
とはいっても、出店の人と長話は良くない。ここは教会の人と話すのがベターだろう。
という訳で石造りの教会に入るも。
「失敗したかな……?」
外の歓声が反響して、意外なほど五月蝿い。ザワザワと雑音になってしまっているから余計だ。
まあ、この程度慣れたものなので、気にせず教会入ってすぐ右手の、受付らしいところのシスターっぽい格好の人に尋ねる。
「すみません」
「はい」
「この街についての説明と、お祈りの作法を教えてもらいたいのですが……」
「分かりました。少々お待ちください」
シスター(仮)は奥に引っ込み、彼女より落ち着いた声の女性と話をする。
『マザー、聞こえましたか?』
『聞いていましたが、貴女から報告を聞きたいです』
『分かりました。疲れた様子の兎人族の女性が、この街の説明とお祈りの作法を教えて欲しい、とのことです』
『兎人、なるほど。分かりました。私が応対しましょう』
『マザーがですか!?』
『ええ。私も獣人の端くれ。彼女の悩みの一端くらいは分かるかもしれませんもの』
『確かにそうですね。ではマザー、お願いします』
『後は任せましたよ、シスター・メリー』
なるほど、教会には身分があり、マザーはシスターより偉い、と。
受付から講堂側にあるらしいドアから誰かが出てきたので、そちらに数歩歩く間に、マザーらしきネコ耳の壮年の女性がこちらにやってきた。
「どうも、私はマザー・アンナと申します」
「ラビッタといいます。この街についての説明と、祈りの作法について教わりたいと思い来ました」
「ええ、話は聞いております」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げあう。マザーの髪はよく手入れされているのか、それとも短めなせいか、あまり音がしない。
「さて、まずはこの街についてから、でよろしいでしょうか」
マザーに案内されるがまま、手前左手の長椅子に座ると、話が始まる。
「はい、お願いします」
「では。この街『ファスト』ですが……」
初期地点であるこの街ファストは、西の交易都市ジーロと大陸中の街を結ぶ交易路の結節点であり、また街の西に広がる小麦畑の小麦が主要な産物なんだとか。
街の東は河岸段丘の低地となっており、歩いて一時間の位置にあるボルガ河が定期的に氾濫するので、開拓はされていない、とのこと。その代わり草原が広がっていて、ラビットやワイルドドッグ、ディアやウルフといった獣が沢山いる、のだとか。そのためお肉には困らない、とも。
街の南の草原は開発計画が持ち上がっているものの、十分な資金がなく頓挫していて、北の小高い丘の森林は燃料と木材供給の場として管理されていて、木を勝手に伐ると『処刑』されるらしい。
この『処刑』、驚くことにプレイヤーにも有効で、キャラクターがデリートされるようだ。マザー曰く「死に戻り? 出来ないそうですよ」とのこと。
「あとはそうですね。『異邦人』の方々は冒険者ギルドに登録する義務があります。ラビッタさんは登録されましたか?」
「いえ。この街に来て一番に教会に来たので、まだです」
「あらまあ嬉しい。……ラビッタさんは嬉しくないようですけれど」
ドキリとする。まさかNPCに見抜かれるとは。流石最新型のフルダイブゲームだ。
(ま、仮にもマザー? なら大丈夫だろう)
そう判断して事情を話す。
「昔、宗教絡みでトラブルに巻き込まれたので。いえ神や神々の存在は信じているのですが、教会、となると警戒してしまいがちで。いの一番に教会に来たのも、トラブルを避けたい一心なのですよ」
そう言うと、マザーはニコリと笑った。
「トラブルに巻き込まれてもなお神々を信じている、というのは、素敵な信仰心ですね」
そう言われても、素直に頷けなかった。
「……そうですか?」
「ええそうです。大抵の人はトラブルに巻き込まれると、そのトラブルの元を恨みます。ですが貴女は、トラブルの元となった神々をまだ信じている。それは素敵なことですよ?」
「……ありがとうございます」
なんだか気恥ずかしい。そんなに信仰しているつもりはないのだけれど。
「では、祈りの作法について、ですが。貴女の宗派の作法はありますか?」
「それがですね。『形式よりも祈る心が大切だ!』としか覚えていなくて。ちゃんと祈ったのも、ずいぶん昔の話なんです」
私が様々な聞こえないはずの音の騒音にパニックを起こしていた幼い頃、両親がハマった新興宗教の教祖に教わった言葉だ。新興宗教の癖に本気で人々を救おう、なんて考えてまともに御布施も受け取らなかったことで破産した駄目宗教だけれど、そのひとつの教え、『形式より祈る心が大切』ということだけはよく覚えている。
「それが分かっているなら、私から教えることはありません」
「……え?」
マザーの言葉に、私は呆けてしまう。
「作法などというものは、祈る心を知らない人に『祈る』ということを教え込むためのものです。『本当の祈り』、『救って欲しい』という声の上げかたを知っているのなら、作法は二の次で良いのです」
「……なるほど?」
よく分からないけれど、それで構わないらしい。
「では、それぞれの方法で、祈ってみましょうか」
マザーの声に従い、祈る。指を閉じ、両手の平を胸の前で合わせて目を薄目に、頭を軽く下げる、両親のハマった新興宗教式の祈り方だ。私はこれ以外を知らない。
(この機械音のない『世界』を教えてくださった方々に感謝を。出来ればこの平穏が続くよう、私は努力しますので、どうか神々も助力ください)
祈り終え、目を開けてマザーの方を見ると、マザーはニコリと笑った。
「良き祈りですね。神々も、きっと聞いてくださいましたよ」
「なら嬉しいですね」