稀人きたる?
「稀人とは珍しい」
目の前の白ト○ロから男とも女とも言えない不思議な声が聞こえた。
「稀人?」
「そうじゃ。時おり時空の歪みに捕らわれて界を渡る者がおるのじゃ。我らは『稀人』と呼んでおる――じゃが最近は時空の歪み自体起こらんかったのにおかしいのぅ」
白ト○ロに言われた事を反芻する。時空の歪みに界を渡るってやっぱりここって異世界なの?!
夢であって欲しいと切に願うが、さっきの足の痛みが現実だと知らせてくる。泣きそう、泣きたい。イヤ泣く。
「それにしてもお主、良い匂いじゃの。魂もじゃが持っとる物からも甘い匂いがするのぅ」
「へ…?」
半泣き状態の私に構わず鼻を鳴らす白ト○ロ。言われて気がついたけど両手に紙袋を提げていた。よく落とさなかったな私。
「味好屋の和菓子…」
どら焼きに羊羮、最中、各種饅頭。あ、みたらし団子もある。
紙袋の中には会社の近くにある和菓子屋の商品がこれでもかと入っていた。
私、ストレスが溜まると甘いもの――あんこ系の物が無性に食べたくなるのだ。そういう事ってない?甘いものを食べてストレス解消!甘味は疲れた脳と身体へのご褒美と明日への活力源!
――だがしかし、いつにもまして多すぎない?いつの間にこんなに買ったの?生菓子は日持ちしないのに大丈夫かコレ?!
「和菓子と言うのか。旨そうな匂いじゃ」
角ウサギから助けてもらったようなのでお礼として幾つか渡してみる。序でに私も大好きな栗どら焼きにかぶりつく。口の中に甘味が広がり身体から強張りが溶けていく。本気で泣けてきた。
「これも旨いの~」
ひとしきり泣いて少し落ち着いた私に白ト○ロ――この『深遠の森』に住む精霊だそうだ――がこの世界の事を教えてくれた。まさかの剣と魔法の世界だった。魔法――一度は憧れるものよね。
随分お気に召したのか次から次と和菓子を消費していく精霊――名をモーフェウシスガーミュシェンという。…何度聞き直したか…長いし舌噛みそうだから『モフ神様』と呼ぶことを許してもらった。モフモフだし。
「私も魔法使えるんですか?」
「――粒かあるのとないのどちらも味わいが…ム?使えるハズじゃぞ。界を渡ると魔力が強くなるからの」
つぶ餡とこし餡を食べ比べていたモフ神様に教えてもらいステータスを確認する。ホントに目の前に透明な板が現れたよ。
天野幸恵(28)
性別 女
種族 人族 異世界人
HP 30/35
MP 520/520
スキル クリエイト
HPMPってどこのRPGだよ。
モフ神様曰くこの世界の一般人でHPMP共に90前後、強い人でも300~400位で500越えるのは稀なんだって。あ、だから稀人。納得。――ってかMPに比べてHP低っく!子供以下って事?!モフ神様が来なければ間違いなく角ウサギに殺られてたよ。モフ神様様々。
「スキル、クリエイト?」
「その者が持つ本質が反映されたものがスキルじゃよ。稀人は変わったスキルを持つ者が多いが『クリエイト』は初めて聞くの」
クリエイト――創造って事よね?つぶれた企画会社――今思うと何でも屋だったかも――で色々やらされたからなぁ。イラスト書きだけじゃ仕事が少ないからってアレコレ扱き使われたっけ。イベントの企画から裏方としてコスプレ衣装はまだしも着ぐるみ制作って!いくら物作りが好きでも限度があると思うのよね!
「ところでお主これからどうするのじゃ?」
遠い目で会社での出来事を思い出していた私にモフ神様が聞いてきた。帰れない以上この世界で暮らしていかなきゃならないのは解っているけど、生活していけるの?私、身分もお金も無いんだけど!…どうしよう…
「人族の街で暮らしたいのなら近くまで送るぞ。因みに一番近い人族の国では稀人の事を『落ち人』と呼んどるが」
「良い扱いを受ける気がしないので却下で」
「――賢明じゃの。我もあの国の王族はあまり好かんのじゃ。森を荒そうとばかりしよる」
「更に行く気が失せました」
「――フム、お主が良ければ我の知り合いの処へ行くか?この森の中に居を構えとる」
「よろしいのですか?!」
「お主の事気に入ったのじゃ。旨いものも馳走になったしの」
「……え?」
ウソ~?!あれほどあった和菓子がキレイさっぱり全部無くなってる!私栗どら焼きしか食べてないのに!気に入ったって私じゃなく和菓子なんじゃ…。
「我に掴まるのじゃ」
ジト目の私を気にも止めないモフ神様にお言葉に甘えて某五月姉妹のようにしがみつく。
――何コレ?!最高、いや極上のさわり心地!!モフモフフワフワでまさに天国やーん♪
「――着いたぞ。久しぶりに来たが変わっとらんようじゃな」
夢見心地でモフ神様の極上のモフモフを堪能していたら、あっと言う間に目の前には素敵なログハウスが。
深い森の中、この周りだけ綺麗に整地されていた。
「マリー、マルグリッド~居らんのか~?」
「マリマリ師匠にゃら留守ですにゃ」
ログハウスの裏から声がして、エプロンを着けた黒猫ちゃんが現れた。――ってか後ろ足で立って歩いてるし、しゃべった?!―流石異世界。
「モーモー様が人族連れてるにゃんて珍しいにゃ」
とてとて近付いて来ると、金色の目でじっと私を見つめてきた。真っ黒な毛並みは艶々でビロードのよう。――ここにもモフモフ天使がいますよ、皆さん。
「合格にゃ」
にぱっと笑って親指を立てられました。