第六話-2 生ゴミ
そこには得体の知れない大きなかたまりが横たわっていた。
一見すると、それは真っ黒なクラゲのようだった。
たたみ二畳分ほどの巨大なクラゲ。
しかし海に生息するクラゲがこんな山奥にいるはずはない。
私は自分の見たものが信じられず、もっと良く見えるようにその物体に懐中電灯を当てた。
つるりとした表面には鈍い光沢があり、懐中電灯の光を受けてあやしげに光る。
本物のクラゲほど柔らかくないようで、頭部は陸地にありながらしっかりとお椀状に形を保っている。
その根元には触手のような細長い毛がみっしりと生えており、風呂場の排水溝にたまった髪の毛のようにだらしなく四方八方に垂れ下がっていた。
クラゲの死骸だろうか。
そう言えば、さっきから強烈に匂ってくるこの悪臭は、魚が腐ったような『ナマ臭い』匂いと形容した方が正確かもしれない。
確かエチゼンクラゲという種類は体長が二メートルくらいになるものもあると、テレビで聞いたことがある。
ただ形はそっくりだが、表面が黒い色をしていてキチン質の外骨格を伴っているようだ。
そしてとにかく大きい。
見ているだけで恐怖感を憶えるほどのサイズだ。
少なくともこれはエチゼンクラゲではない。
しかし、もしこれが何かの生き物だとして、こんなものが山の中を動き回っているのだろうか。
「いやぁ、片付けるのに骨が折れそうだねぇ」
西さんの楽しそうな声が、ザーという雨音に混じって耳に入る。
そんな西さんの姿を横目で見ながら、私はただただ唖然としてその黒いかたまりを見つめ続けるだけだった。
こんな生物なんて今まで見たこともない。
あまりにも見慣れない光景を目の当たりにして、私は声も出なかった。
何かに救いを求めるように、周りにいる人達を見回す。
西さんとその隣りにいる男以外は皆、呆然と立ち尽くし、微動だにしていない。
表情までは見えないが、私と同じくかなり驚いている様子が見て取れた。
「じゃあ、まずは解体しやすいようにひっくり返そうか」
自分の心情とはまるでかけ離れた朗らかな口調で言い放たれたその言葉は、なかなか自分の頭の中に入ってこなかった。
一人その場に取り残されたような疎外感にさいなまれ、急に周りの景色が現実のものとは思えなくなった。
「なんなんすか、これ?」
すぐ後ろから聞こえてきた声ではっと我に返る。
茶髪は奇妙な物体から目を離すことなく、こわばった口調でそう言った。
「ゴミだよ、ゴミ。これを片付けるのがわしらの仕事だよ」
西さんはおなじみの親しげな物言いでそう言い放つと、硬そうな外骨格のへりの部分を両手で持った。
「ほれ、あんたらも持ちな」
背の高い男が強い口調でそう言うも、誰も動こうとしない。
当然だ。
こんな得体の知れないもの、触るだけでも躊躇する。
「バイトしに来たんじゃないの? 働かないなら帰ってもらうよ!」
背の高い男が私の背中をどんと叩いた。
予想外にきつかった背中の痛みに、私はこの男の心情をすぐに読み取った。
これは命令だ。
やらなければ。
まったく頭が働かないまま、機械的に体を動かす。
雨具のポケットに入っていた軍手を取り出し、両手にはめる。
そして西さんの横に位置取り、同じように黒い物体のへりを持った。
そんな私の行動に影響されたのか、棒立ち状態だった周りの男達はようやく体を動かし始め、ゆっくりではあるが私達を手伝おうと『ゴミ』の方へと近づいて行った。
ただ一人、茶髪をのぞいて。




