第四話-1 山小屋
山道はしだいに勾配を増し、いつしか砂利道にさしかかっていた。
路面の凹凸がタイヤを通して自分の体に直接伝わってくる。
がたがたと揺れる車の中、私は真っ暗で何も見えない窓の外を眺めながら、胸の奥から湧き上がる不安と戦っていた。
もうずいぶん登ってきたが、一体どこまで行くのだろう。
三十分という時間は、とっくの昔に過ぎているというのに。
外は雨がいっそう強く降り出しているようで、会話をするのが困難なほど、窓を直撃する雨の音が車内に響き渡っていた。
もちろん―――。
誰も会話をしようなんて思っていないだろうけど。
結局、一時間ほど山道を走った後、少し開けた場所にたどり着き、ぽつんと建っている小さな山小屋の前で車はようやく止まった。
男は「着いたぞ」と一言後ろに声をかけると、目の前にある山小屋の中へと入って行った。
後に続こうと車のドアを開けると、車内に容赦なく雨が入り込んでくる。
私は急いで車から飛び降り、ぬかるみに足を取られないよう気をつけながら小屋へと歩いた。
なるべく濡れまいと皆が早足になっているようだった。
ばしゃばしゃと走ってくる足音が後ろから聞こえ始め、あっけなく私を抜き去る。
そのとき誰かにぶつかられたのか背中の辺りに衝撃が走り、よろめいた拍子にすぐ近くにいた人の肩に手をついてしまった。
その肩の持ち主は、皮肉にもなるべく関わらないようにしようと決めていた茶髪の男だった。
「ちっ」
茶髪は露骨に不機嫌な顔をしながら大きく舌打ちすると、肩に置かれた手を勢いよく払いのけた。
ぐいっと左側に重心を持っていかれ、私はバランスを崩して水溜りに尻餅をついてしまった。
ばしゃん、という音とともに水しぶきがあがる。
茶髪はそんな私の方を振り返ることなく、小屋の奥へと進んで行った。
もたもたしていた自分が悪いのだ。
そう自分に言い聞かせる。
バイト同士の人間関係なんて、むしろこれくらいの方がちょうどいいじゃないか。
これでいいんだ。
これで気兼ねなく一人で仕事ができる。
私はその場を立ち上がり、ゆっくりとした足取りで皆の後を追った。
雨水が入り込んでずぶずぶになった靴を引きずりながら小屋の中に入ると、古びたパイプ椅子に座っている中年の男と、それを囲むようにして立っている四人の若者の背中が見えた。
私は急いで四人の列に加わってみたが、中年の男は周りの連中をほったらかして、どこかに電話をかけているようだった。
「ああ……、今着いた……。……五人だ。……ああ……」
しばらく終わりそうにない電話を待つ間、私は小屋の中を観察することにした。
辺りを見回すと、つるはしやスコップ、ヘルメットといった工事用の作業道具がたくさん壁に立てかけてあるのが見えた。
どの道具も使われなくなってからしばらくたっているらしく、かなり痛んでいた。
隅っこにある大きな机の上には設計図のような紙が置いてあり、明らかにここが工事現場用に仮設された場所であることを物語っていた。
机もその上に置いてある紙もぼろぼろだった。
どうやら、この小屋自体は長年使われていないようだ。
恐らく臨時にここを利用させてもらっているのだろう。
「よしおまえら、これを着ろ」
いつの間にか中年の男は電話を終えたようで、どこから取り出したのかしわしわになった雨ガッパを何着か手に抱えていた。
そしてお行儀良く整列して待っていた我々に、一つ一つ手渡していった。
「あとそこの長靴も履いといた方がいい。ちゃんと紐を結んどけよ。地面がかなりぬかるんでるらしいからな」
私は雨具を受け取るついでに、思い切って頭の中にある疑問をぶつけてみた。
「あの、清掃作業って何をすればいいんでしょうか?」
「ああ、もうすぐ現場を仕切っている奴がここに来るから、詳しい話はそいつに聞いてくれ。まぁやりながら憶えればいい。簡単な作業だ」
中年の男は面倒くさそうにそう言うと、再びパイプ椅子にどかっと座り、何かの書類に目を通し始めた。




