第三話 車の中
雨の降りしきる中、現場に向かう白いワゴン車は、静かな住宅街を抜け、木々がうっそうと生い茂る山道を走っていた。
しだいに明かりとなるものがなくなり、窓から見る外の景色は真っ暗で何も見えなくなっていた。
ラジオくらいつければいいのに。
誰も何も喋らず、ワイパーの動く音だけが車内に響く。
そんな閉鎖的な空間が、これから何が起こるのかまったく予測のつかない未来への不安をいっそう煽った。
「あの、現場ってどこ行くんすか?」
突然、後ろの座席から、静寂を引き裂く男の声がした。
私は振り向いて声のする方を見た。
先ほどの茶髪だ。
当然の質問だろう。
しかし遅れてきた私はともかく、他の四人も行き先を聞かされていないというのか。
中年の男は運転に集中しているのか、それともワイパーの音で聞こえなかったのか、話そうとする気配がない。
茶髪は二列目のシートに身を乗り出しきて、もう一度同じ質問をしたところ、ようやく男は喋り始めた。
「……うちの規則でな、現場の詳しい場所は言えないことになってんだ。まぁ、後三十分くらいで着くから心配すんなって。誰も誘拐なんてしようとしてねぇから」
中年の男の口調は、努めてフランクな雰囲気を出そうとしているようだった。
しかし、その奥に隠された不機嫌な感情を、私のか細い感覚器が敏感に感じ取ってしまった。
臆病がゆえの能力だ。
不愉快な雰囲気だけはすぐさま察知してしまう。
人と接した中で経験してきた数多くのみじめな出来事が、私をそうさせたのかもしれない。
「でも――」
「もちろん正当な理由があってのことだぜ。変なことを勘ぐるなよ」
中年の男は、茶髪の言葉をさえぎり、そう言った。
平生な口調の中からにじみ出てくるガラの悪さ。
この男は恐らくカタギの者ではないだろう。
反抗すると何をされるかわかったもんじゃない。
茶髪もそれを察したのか、これ以上突っ込もうとはしなかった。
再び車内は雨の音だけになった。
みんな初対面とは言え、こんな密室に六人もの人がいるというのに誰も喋ろうとしない。
見るものもない。
聞くものもない。
あまりにも窮屈な雰囲気に胸が締め付けられる思いがした。
私は救いを求めるように隣に座っている男を見た。
指をからませたり、腕を組んだりと落ち着かない様子だった。
ちらちらとせわしないそのしぐさを見ているうちに、ふと男と目が合った。
私は意を決してその男に話しかけようとしたちょうどそのとき、前にいた中年の男がくるりと振り返り、一層大きな声で喋り始めた。
「あのな、この際だから言っとくが、おまえらは仕事内容にいちいち疑問を持つな。質問されてもこっちが困るからな。おまえらは何も考えず、言われたことをその通りにやりゃいいんだ。いいか。これはおまえらのために言ってるんだからな。そこんところを良く憶えておけ」
男の口調はだんだんと抑えた感じがなくなってきていた。
普段の喋り方。
そんな調子だった。
「それから、ここで見たこと、聞いたことは誰にも喋るな。ろくなことにならねぇからな。安心しろ、ちゃんと朝には帰してやるから」
『帰してやる』という言葉が、逆に安心できなくなることにこの男は気がついているだろうか。
車内にピリピリとした緊張感が走る。
やばいことになるかもしれない。
しかし、だからと言って今の私に一体何ができるのだろうか。
朝までには帰ることができる。
ただただその言葉を信じて、これから起こる事に身を任せるしかないのだ。
今更やめる訳にもいかない。
生きていくためにはお金が必要なのだ。




