第十六話 山の奥深く
私たちは奇妙な虫たちがいた場所から、さらに五分ほど歩いていた。
もうどのくらい山を登っただろうか。
急勾配と足元のぬかるみのせいで、あまり距離は歩いていないだろう。
しかし、小屋を出てからもう随分と時間が経つというのに、一向に生きたクラゲは見つからない。
そろそろ自分の体にも疲れが出始めていた。
西さんの足取りはいまだに力強く、しっかりと地面をとらえて前へ前へと突き進んで行く。
そんな西さんの背中をぼんやりと眺める。
クラゲを探しているというよりも、どこかに向かっているようにも見える。
そのうち、木々の間隔が一層狭い険しい場所にたどり着き、そこで西さんは足を止めた。
「ああ……」
嘆くように西さんが小さく唸る。
棒立ちで木々の奥深くをじいっと見つめている。
いよいよクラゲを見つけたようだ。
しかしその割にはあわてた様子がない。
鼓動が高まるのを感じながら、西さんに近づく。
視線の先にあるもの。
そこにはたくさんの黒いクラゲが、木々の根元に身を潜めるように密集している姿だった。
体長二メートルに達しようかというものもあれば、一メートルにも満たないものまで、大小様々な大きさの物体が隙間なくびっしりと集まっていた。
一体、何匹いるのだろう。
暗くてよく見えないところにもいるとすれば、その数は四、五十にもなるのではないだろうか。
恐怖で手が震える。
こんな集団に襲われたらひとたまりもない。
しかし、眠っているのかクラゲたちはまったく動こうとしない。
死んでいるのだろうか。
私は、この生物を初めて見たときのことを思い出してみた。
あれはすでに死骸だった。
『処理班』と呼ばれる集団が『処理』をしたのだ。
しかし……。
はたしてこんなにも多くの数をいっぺんに処理できるものなのだろうか。
この生物の図体は人間と比べても十分に大きい。
そして死に至るまでにかなりのダメージを与える必要があるはず。
一匹しとめるだけでも大変な作業なのではないか。
あらためて目の前に広がる光景に目を落とす。
やはり、『群れを成している』という形容の方が正しいようだ。
ふと、その密集した黒い背中に一筋の光が走る。
驚きのあまり、不用意に懐中電灯を当ててしまったようだ。
「おい、ライトを消せ!」
八木さんの声には、今までにないほどあせっている様子が伺えた。
あわてて懐中電灯のスイッチを切る。
幸いなことに、クラゲたちが動く様子はない。
「いいかおまえら、近づくんじゃねーぞ」
押し殺した声で八木さんが言う。
「とりあえず、今日はこれで終わりだ。引き上げるぞ」
たった一目見ただけで、あっという間に引き返そうとする八木さん。
予想をはるかに超える事態となっているようだ。
西さんは放心した様子で、いまだにクラゲたちの背中を眺めている。
八木さんの雰囲気からして、ここにじっとしていることが危険であることに間違いない。
私は西さんの腕をそっとつかみ、引き返すよう促した。
しかし西さんの体はまるで石化したように全体が硬くこわばり、まったく動く気がしなかった。
『この山はもう手遅れじゃないのかい?』
西さんの言葉がふと頭によぎる。
急に寒気が襲ってきた私は、その場を早々に離れ、八木さんの後を追った。




