第十五話 山の中
西さんの案内で連れて来られた場所は、初めて死骸を目撃した例の清掃現場だった。
雨で洗い流されたのか、地面には小さな破片すら残っておらず、きれいに何もない状態となっていた。
辺りを見回すも、いっしょに作業をしていた人達はもう誰もいない。
恐らく他の作業場所に移ったのだろう。
「こっちだよ」
西さんは持ってきたシャベルを肩にかつぎ、さらに山の奥へと歩いて行く。
それに続く私。
ちょっと間隔を置いて、やる気なさそうについてくる八木さん。
三人は会話をするでもなく、ひたすら道なき道を登って行った。
「おい、あんまり建物に近づくなよ」
八木さんが前を行く西さんに向かってそう言う。
しかしながらどこを見渡しても建物のようなものは見つからない。
奇妙に思い、思わず後ろを振り向く。
八木さんはどこから拾ってきたのか、がっしりとした棒っきれを右手に持ち、適当に振り回しながら歩いていた。
余計な詮索はやめよう。
知らなくていいことだ。
西さんはどんどんと斜面を登って行き、徐々に後ろを歩く者たちとの距離が開き始める。
老人にしてはえらい体力だ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、突然西さんは立ち止まり、その場に身をかがめた。
地面にある何かを見ているようだった。
しゃがんだまましばらくじっとしていたが、追いつく間もなく再び歩き出す。
私はその場所までたどり着くと、同じく身をかがめて地面を見てみた。
そこにはカブトムシの幼虫のような、うす汚れた白い虫の死骸があった。
しかし、あまりにも大きい。
十センチはあろうかという大きさ。
こんな虫は見たことがない。
これもあの生物と関係があるのだろうか。
ふと気づくと、後ろから八木さんの足音が聞こえてくる。
なんとなく追いつかれるのがいやだった私は、すぐに立ち上がり、後ろを振り向くことなく前へと歩いた。
だんだんと勾配が増していき、辺りは一層山深くなっていく。
西さんがまた何か気になるものでも見つけたのか、右奥の方向にライトを当て、少しだけ歩調を緩める。
ライトに照らし出されたのは、ぼろぼろに崩れた一本の木だった。
その木まで近づくと、丁寧に木の根元を観察している。
ようやく追いついた私は、西さんの視線の先を見る。
木の根元はどろどろに腐ってぼっこりと穴があいていた。
西さんが穴の中にライトを当てる。
そこには異様な光景がひろがっていた。
穴の回りは粘度のある液体で覆われており、白く濁っていた。
穴の中にはクモの糸のようなものが四方八方に張り巡らされ、たくさんの小さな虫たちがその糸に等間隔でぶらさがっている。
雨に濡れたのか、皆一様におしりの部分に一滴のしずくを携え、糸をつたって規則正しく同じ方向に移動している。
その様子はまるで、何かの秩序を持った社会を形成しているようだった。
思わず声が出そうになった私は、あわてて口を手でふさいだ。
得体の知れない秩序、調和のとれた動きというのは、それはそれは気味の悪いものだ。
カルト宗教の儀式のような不気味さ。
とにかく気味が悪い。
「なんだこれは?」
後ろから声が聞こえる。
振り返ってみると、八木さんがすぐ後ろに立っていた。
懐中電灯を逆手に持ち、木の窪みをより一層明るく照らす。
「うわっ」
悲鳴のような声を出す八木さん。
まばゆい光に照らされ、それでも秩序を乱さず黙々と規則正しい動きを続けるクモのような虫たちに、私は言葉にならない恐怖を覚えた。
不気味な光景が視野いっぱいに広がっている。
「コロニーだな……。この山はもう手遅れじゃないのかい?」
西さんがぽつりとつぶやく。
八木さんは苦虫をつぶしたような渋い表情をしたまま、何も言おうとしない。
コロニーとはなんなのか。
手遅れとはどういう意味なのか。
私は喉元まで出かかったその言葉を必死の思いで飲み込んだ。




