第十四話 出発
「やってくれるよな? もちろん金は払う」
それが当然だと言わんばかりの口ぶりで八木さんは言った。
どれくらいの危険が伴うのかはわからないが、かなり無茶を言っている気がしてならない。
相変わらず西さんの表情は固く、以前のようなへらへらした態度が微塵も感じられない。
かなり切羽詰った状況なのだろうか。
「人にやれやれと言うからには、当然あんたも来るんだよな?」
西さんの言葉は、思いのほかとげとげしい言い方だった。
片方の眉毛をつり上げ、少しだけ驚いた様子を見せた八木さんだったが、すぐにいつもの不機嫌そうな表情に戻る。
茶髪との言い合いの際に見せた、相手を威嚇する目だ。
「いや、俺はここに残るよ。他の連中の面倒も見なきゃならんからな」
「あんたはいつだって現場に出てこないんだな。なんか来れない理由でもあるのかねぇ?」
西さんはそう言いながら、シャベルやつるはしが立てかかっている壁の方に顔を向けた。
壁の方を見た、というよりも、意識的に視線を逸らしたと言った方が正しいかもしれない。
そんな西さんを睨みつけながら、八木さんが口を開く。
「大勢の人間が働いてんだ。誰かが指揮を取らなきゃらんだろ? 山の中に入れば携帯がつながらないことだってある。俺と連絡が取れないなんてことになったらみんな困るだろ」
西さんはしきりに左のわき腹を丁寧に手でさすっていた。
顔は相変わらず壁の方を向いたままだ。
「それに、いつでも社の人間とやりとりできる状態にないとな」
八木さんの言い分は恐らく正しい。
しかしこのままでは、西さんを説得するのは難しいだろう。
あんな大きな生物を、老人一人でなんとかさせようとしているのだ。
無理を押し付けるにもほどがある。
もっとも、次に八木さんが言う言葉はほぼ予想できることだが。
「前田くんよ。西さんを手伝ってやってくれんか。バイト代も色つけてやるから」
そらきた。
おとなしそうな自分なら、言われれば従順に従うと思ったのだろう。
もちろんこの重苦しい雰囲気の中、茶髪のように反抗する勇気は自分にはない。
ここまでは予想通りの展開だった。
「わしはあんたが行かない限り、やらないから」
西さんのこの発言は予想外だった。
なぜ八木さんに固執するのか理由がわからない。
人手が足りないだけなら私でも充分のはずだ。
むしろなんだかんんだと理屈をこねて、結局何もしなさそうなあの男が同行しても、何か役に立つとは思えないのだが。
気のせいかもしれないが、両者の間に何か確執のようなものがあるのかもしれない。
八木さんもそれに薄々気づいているのか、あえて「なぜ自分が」という問いをしない。
ふん、と鼻を鳴らすと、そのまま黙りこくってしまった。
正直八木さんが行こうが行くまいが、もうどちらでもいい。
いずれにせよ、山に入ることになれば、自分も同行せざるをえないのだから。
できれば一刻も早くこの仕事を終わらせ、家に帰りたい。
その思いでいっぱいだった。
「わかったわかった。俺も行きゃいいんだろ」
八木さんは勢い良く立ち上がりながら、なかばやけくそ気味にそう言った。
「ただし、今回は見に行くだけだ。『処理』はしない。それでいいか?」
西さんはわき腹をさするだけで、何も言わない。
「内海さん、ご覧の通りだ。残念だが今日中に回収するのは無理そうだ」
そう言われた内海さんは、力なく何度もうなずきながら、
「仕方ありませんね」
と小さくつぶやいた。
「とりあえず回収班だけでは処理できなかったとでも報告してくれ。俺が現場に立ち入ったことで、あんたのメンツも保てるだろ」
「はい。そうします……」
そのとき西さんはおもむろに立ち上がり、壁にたてかけてあったシャベルを一本手に取った。
何度も何度も持ち直し、手ごたえを確かめている。
「用心のためにこれを持って行くよ」
まるでこれから一戦交えるかのごとく、大きく振りかぶっては真下に振り下ろす。
やる気満々じゃないか。
「おまえはどうする? バイト代出してやるぜ?」
扉に向かいながら茶髪に話しかける八木さん。
しかし茶髪は座っていた角材にごろんと横になり、行く気がないことをアピールした。
「じゃあ行ってくる」
私を含む三人は、山小屋を後にした。




