第十三話 虫
八木さんの一言によって小屋の中に流れる空気が、より一層冷たいものとなった気がした。
『なんとかしなきゃ』とは一体どういうことだろう。
彼らの言葉で言うところの『処理』をするということなのだろうか。
どうか『俺達』の中に自分が含まれていませんように。
「あんた本気で言ってるのかい?」
西さんの表情から初めて笑顔がなくなる。
眉間に皺を寄せ、じっと八木さんを見つめている。
「俺は夕方までに千葉まで帰らなきゃならないんだ。西さんだって今日中に自分の家に帰りたいだろ?」
「にしたって、わしらに何ができると言うの? また日をあらためて来りゃええ話じゃないの」
確かにその通りだ、と思う。
八木さんにしてみれば、余計な仕事を引き受けることになるのだから、なんの得にもならないはずだ。
何か急がなければならない理由でもあるのだろうか。
そのとき八木さんが『何か言え』とでも言わんばかりに、内海さんの方をじろりと見た。
その視線に気づいた内海さんは、ひとしきり頭を掻いた後、やがて口を開いた。
「勝手な言い分だとは思いますが、できれば予定通りに回収してもらいたいのですが……」
申し訳なさそうな顔をしてはいるものの、本当に身勝手な言い草だ。
上の尻拭いをやらされるのは、いつだって末端の人間だという典型的な社会の縮図。
私はなんとか西さんがこの理不尽な要求をつっぱねてくれるよう、心の底から祈っていた。
しかし、西さんから発せられた言葉は、私の期待を大幅に裏切るものだった。
「確かにここで中断したら、回収がかなり遅れるだろうなぁ。ちょっとまずいかなぁ」
なんとなく、ある程度の事情を把握しているような口ぶりだ。
やはりこの男もあっち寄りの人間ということだろうか。
「そうだろ? ここはさっさと片付けて、早いとこ切り上げようや」
「しかし、アレがどんなものかもわからないのに、どうやってやるんだい?」
「あんただって元々は処理側の人間だっただろ? やり方はわかってるはずだ」
「もう随分と前の話だよ。それに、直接処理にかかわったことは一度もないよ」
「大丈夫、なんとかなるだろ。なんならそこの二人を連れてっていいから」
後ろから、がたっと大きな音がした。
角材に座っていた茶髪が勢い良く立ち上がったようだ。
「何勝手なこと言ってんだよ!」
顔を真っ赤にして大声でそう叫ぶ。
今度ばかりは茶髪に同調せざるを得ない。
「俺は何もやらねえからな」
茶髪は吐き捨てるようにそう言い、再度角材の上に座りなおす。
仏頂面でその様子を見ていた八木さんは、両手を頭の上に置き、天井を見上げながら何かを考えているようだった。
「まぁなんにしても、なんの情報もないのにやれっつっても無茶な話だわな」
西さんがぽつりとつぶやく。
すると、何かを思い出したかのように八木さんが急に立ち上がり、内海さんの方へと近づいて行く。
「確かそれ報告書だったよな。ちょっと見せてみろ」
八木さんが机の上に置かれたかばんの中に手を入れる。
「これは社外の人間には見せられないことになってるので――」
まるで何も聞こえていないというふうに、平然とかばんに入っていた書類を取り出し、中身を確認する。
内海さんはなかばあきらめた顔でその様子を見守っていた。
しばしの間、部屋に沈黙が舞い降りる。
私はまんじりともせず、書類に目を通す八木さんを見つめた。
まさか、その書類からなんらかの情報を手に入れて、「さぁやれ」とくるつもりなのだろうか。
果たして私は、八木さんの命令に反発することができるだろうか。
これからどういう展開が待ち受けているのか、まったく予想ができないだけに不安でしょうがない。
「レベルDってなんだ?」
八木さんがおもむろに口を開く。
「さぁ……、報告書の中身までは……」
「本当にわかんないのか? 隠してんじゃないだろうな?」
内海さんはうつむいたまま、何も返事をしない。
「多分、種別のことだろうな」
西さんの声だった。
「種別?」
「ああ、生物の特徴とか大きさなんかで種類ごとに分けてるんじゃなかったっけか」
「ほう、で、レベルDってのはどんなやつなんだ?」
八木さんは手に持っていた書類から目を上げ、食いつくように西さんを見つめた。
「レベルDっていうのがなんなのかはわからんけども、さっき山の上で動いているやつを見た限りだと、ありゃ多分虫だね」
「虫だって?」
「ああ、死骸のときは気づかなかったけんど、二本の長い触覚が生えてたよ。ぴょこぴょこ動かしながら移動してったからね」
「そうか、虫か……」
八木さんはそう言うと、近くにあった椅子にゆっくりと腰を下ろし、足を深くくんだ。かなり険しい表情をしている。
――虫。
私は西さんの口から出たその言葉に少しばかりの違和感を感じた。
二本の触覚と外骨格に包まれた体。
それはまさしく虫の特徴だ。
現に私は、あの生物を節足動物だと推測した。
しかし西さんの言い方は、クワガタを指して「これは虫だ」とでも言うように、まるで当たり前のことを口にした感じだった。
あれは未知なる生物ではないのだろうか?
確かに西さん達はかなり長いことこの仕事をしているようで、そういう意味では特に珍しいものでもないのかもしれない。
しかしあんな生物は、今まで一度も見たこともなければどこかで習った記憶もない。
あんなに特徴的な身体を持っている生物ならば、少なくとも本などで一度くらいは見聞きしていてもいいはずなのに。
どう考えても私の中の常識では、特殊な事情を持った生物だとしか思えない。
本当にあんな生物が地球に存在していていいのだろうか。
「虫だったらなんとかなるんじゃねえか? まさか肉食ってことはなかろう」
「まぁそうなんだろうけど……」
西さんは力なくそう言うと、私の方をちらりと見た。
それがたまたまなのか、何か意図を持ったものなのかは私にはわからなかった。




